「いじめ脳」は格上を認められない

「自分より格上の存在について認められるか否か」が、人間の成長の大きな分かれ目であり、それは健全な動機づけにつながり、向上心をもって努力できるとお伝えしました。そういう人ほど伸び代が大きいのは確実です。

しかし世の中には、嫉妬心というものが起こりにくい人もいます。自分よりもすごい人がいることは自覚している。「すごいな」とも思う。でも嫉妬は感じないとしたら、それは向上心がないということなのでしょうか。

今よりも成長するには、やはり動機づけが必要です。脳科学的に言えば、「こうなりたい」「そのために努力する」という動機づけがあるとよりドーパミンが分泌されて、活動的になる。向上心という言葉は、これらを総合した表現でしょう。

そして、動機づけのトリガーとして機能する代表格が嫉妬であるとすれば、嫉妬を感じない人は、向上心が湧きづらいということになります。ライバルと切磋琢磨するような闘争心や、負けず嫌いな気性も生じにくいはずです。

ただし向上心が湧きにくいからといって、その人が何も向上せず、充実した人生を歩めないかといったら、そんなことはありません。

そもそも、なぜ嫉妬を感じないのかと言えば、多くの場合は、もとから恵まれているからでしょう。

アスリートに多い「自分に集中」型

たとえば、世の中には、周囲に愛されて育ち、自身の興味関心や進みたい道を理不尽に否定されることなく、健やかに追究してこられた人もいます。

そういう人は、すでに十分にドーパミンが蓄えられ、使いこなす場面を待つだけになります。

ですから、嫉妬という動機づけのトリガーがなくても、あるいは「向上したい」という意志を明確に自覚せずとも、自然と向上する仕組みに入っているのだと思います。

ひたすら自分自身に集中しているので、誰かと比べて嫉妬し、それを跳ね返すために奮起する、というプロセスを踏むことがあまりないのです。スポーツ選手や棋士など、ひたすら「自分との戦い」が必要な世界にいる人に、よく見られるタイプかもしれません。

陸上競技
写真=iStock.com/Chris Ryan
※写真はイメージです

もちろん、その一方には、単に「やりたいことがない」から向上心が湧きにくい人もいることを言い添えておきましょう。

そこでもう1つ、考えてみたいのは「外発的な動機づけ」と「内発的な動機づけ」についてです。

人の成長には、まず外発的動機づけが必要で、それに伴って内発的な動機づけも自然と生じるというのが私の見方です。赤ちゃんは世に出てきて、家族の様子に刺激されて徐々に反応する仕組みが形成されていきます。