嫉妬を原動力に「なりたい自分」へ

もう少し踏み込んだ話をすると、健全な動機づけがあるほうが、脳番地をバランスよく、フルに使うことができます。

というのも、嫉妬を原動力とし、「なりたい自分」になるために努力を続けるには、感じること、よく見て聞くこと、理解すること、考えること、覚えること、伝えること、実際に行動してみること──つまり8つの脳番地すべての機能が必要だからです。

そして脳の機能をバランスよく、たくさん使えば使うほど、人間は健全な道、つまり新しいことにチャレンジし、イキイキ生きるという「脳にとっての正しい道」を歩んでいけると言えます。

大回転レース
写真=iStock.com/technotr
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一方、健全な動機づけがない場合、脳の働きは偏ります。脳の働きが偏っていると健全な動機づけが起こりづらく、健全な動機づけが起こりづらいと、ますます脳の働きが偏るという悪循環が生じるのです。端的に言えば「いじめ脳」になりやすい脳です。

自分より格上の人を見たときに、たとえば「ずるい」と思うのは、明らかに脳の働きが偏っています。ひとかどの人物になるには努力が必要なのに、「ずるい」と捉えるのは、その人のことをよく見ていないし、聞いてもいない、したがって理解できていません。

「なぜあの人は自分よりすごいのか」

これらの脳機能が働いていれば、相手をよくよく観察して、「なぜ、あの人は自分よりすごいのか」と考え、理解し、それを教訓として「じゃあ、自分はこうしてみよう」と行動に活かすことができます。

それができずに短絡的に「ずるい」としか思えないのは、脳の働きが偏っているために、「自分よりすごい人がいる」という事実の受け止め方や、それに基づく行動の選択肢がぐんと狭まってしまうということです。

こうして、嫉妬を健全な動機づけに転じられないまま、不当に相手を貶めたり、攻撃して傷つけたりするという、きわめて視野の狭い(選択肢が狭い)不健全なアウトプットになってしまうのです。

もう一度いいますが、嫉妬そのものは悪いものではありません。

問題は、「自分より格上の存在」を認め、その差異を受け入れ、健全な動機づけにできるかできないかで、脳の伸び代が大きく違ってくること。その分かれ目は、今までの記憶と学習による脳の成長段階、さらにその働き具合(バランスよく働いているか、偏っているか)にあるというわけです。