※本稿は、加藤俊徳『いじめ脳 脳科学が解き明かす「メカニズム」と「対処法」』(SB新書)の一部を再編集したものです。
いじめをしない人も性根は悪い
世の中に「完全なる悪人」もいなければ、「完全なる善人」もいない。これは長年にわたる脳研究を通じて、私が実感していることです。今までの人生経験から同様に感じている人も多いのではないでしょうか。
言い換えれば、人は誰しも「歪み」を内包しているということです。どれほどの人格者であっても、ときには誰かに対して意地悪な感情を抱いたり、残酷な衝動にかられたりするのが人間の性です。「人は誰しも性根が悪い」、そう言っても過言ではないと思います。
しかし、ここからが大きな分かれ目です。
自らの歪みを自覚しているかどうか。客観的に自己を捉えて、衝動に負けずに理性的に思考し、行動できるかどうか。
それができる人は、基本的には人を傷つけるようなことはしないでしょう。明確な意図、目的をもって誰かを攻撃しない。図らずも傷つけてしまうことはあっても、それが一種の快楽となることもないし、日常化することもありません。
人を攻撃しない人は歪んでいないのではなく、歪みを自覚しているからこそ、それを自制することができるのです。
なぜ、いじめを悪いと思えないのか
反対に、自らの歪みを自覚していない人ほど、他者に対する言動まで歪んでしまう。
自分で気づいてすらいない歪みが表に現れるのは不思議なことですが、おそらく、これは「どこか歪んでいる」という事実を「強いて見ないようにしている」からでしょう。
つまり、きっと頭のどこかではわかっているのです。でも、自分が歪んでいるなんて思いたくないから見ないようにしている。すると抑圧の反動、いわばマグマの爆発のように、歪んだ言動が苛烈に表出してしまうというわけです。
彼らは、脳が「そうせざるを得ない状態」にあるために、身近な他者に対する理不尽な態度や暴言、ときには暴力を伴うような蛮行が日常化する傾向があります。
これが「いじめ脳」です。
いじめ脳の人たちもまた、実は、明確な意図、目的をもって身近な他者を攻撃しているわけではありません。
今も述べたように、脳の状態が「そうさせている」というのが適切な言い方です(だから仕方がない、責められるべきではないと言っているわけではなく、適切な理解と対処のためのアプローチ法があることは、のちほど明らかにしていきます)。
そのため、いじめ脳の人たちは、自分自身が悪いことをしている自覚が希薄です。
たまたま目の前に相手がいたから、「なんか気に食わない」という衝動に任せて、ひどいことを言ったりする。不意打ちをされた被害者は一方的に傷つけられて、当の加害者は気が済んでしまって、どこふく風です。

