「テスラを自動車PERで測るのは誤り」

アイヴスが繰り返す「テスラを自動車PERで測るのは誤りだ」という主張は、単なる強気発言ではない。事実、トヨタなど既存の自動車メーカーのPERが10倍前後であるのに対し、現在のテスラのPERは300倍を超えている。この圧倒的な数字の乖離からもわかるように、テスラはもはや、単なる自動車会社として評価されているわけではない。企業の定義が変われば、評価の物差しも変わるという論理である。物理AIがOSレベルの基盤を形成するならば、その価値は製造業の倍率では測れないということだ。

もっとも、この評価には前提がある。FSDが商業的に成立すること、ロボティクスが実装段階に入ること、エネルギー事業が安定収益を生むこと。これらが現実にならなければ、未来の評価は成立しない。市場がいま揺れているのは、現在の売上構造と未来の収益構造のあいだで判断が分かれているからである。

ここで、日本企業への示唆が浮かび上がる。

日本の自動車メーカーは、長年にわたり品質と製造力で世界を支えてきた。しかし市場評価は依然として「自動車PER」の枠組みのなかにある。もし物理AIが新たなOS競争に発展するならば、評価の基準は変わる。未来の定義権を握る企業に資本が集まり、研究開発も人材もそこへ向かう。

横断歩道を渡る人々
写真=iStock.com/ooyoo
※写真はイメージです

問われているのは「どの層を握るか」

これは「引導」ではない。死と再生の分岐点である。

日本の在るべきグランドデザインである「高地戦略」(産業の中核的基盤や標準を押さえる戦略的ポジションのこと)の視点で言えば、日本が狙うべきは必ずしも全面的なプラットフォーム支配ではない。精密制御技術、パワー半導体、超高信頼センサー、あるいは倫理的AI設計と安全標準の策定といった領域で不可欠な基盤を握ることができれば、物理AIのOSの一部を規定することができる。

テスラが未来の定義権を奪いに来ているのは事実である。しかし定義権は一社が独占するものではない。どの層を握るかによって、位置取りは変わる。

テスラがAI企業へと完全に移行するかどうかはまだ確定していない。しかしAI企業になろうとしている企業であることは疑いようがない。そして評価は、現在の売上ではなく、未来の構造に対する信念によって動く。

いま問われているのは、テスラが成功するかどうかだけではない。物理AIという新たな基盤の上で、日本はどの高地に立つのかである。