「文明の基盤」をAIで再設計する
テスラは移動のAI化を進める企業であるだけでなく、労働のAI化へも踏み込んでいる。その動きは、自動車企業の枠を超える。物理世界のOSを握るという議論があるならば、ロボティクスはそのOSが人間の行為領域にまで及ぶことを意味する。
ここで浮かび上がるのは、ホモ・サピエンスの定義の書き換えという問いである。人間は「働く存在」から「設計する存在」へと役割を移すのか。それとも、労働とAIは共存する新たな関係を築くのか。
テスラが主導しているのは、単なる製品開発ではない。移動と労働という文明の基盤を、AIによって再設計しようとする試みである。この事実は、企業戦略の範囲を超えている。
だが結論を急ぐ必要はない。ロボティクスの実装はまだ途上にある。だが方向性は明確である。移動の自動化に続き、労働の自動化へと踏み込んだこと。その意味は静かに、しかし確実に重い。
テスラが成功するかどうかとは別に、いま起きている変化は文明の転換点に接続している。その事実を、私たちは冷静に受け止める必要がある。
第5章:市場はこの再定義をどう読むのか
ダン・アイヴスと「未来の定義権」
ここまで見てきたマスク帝国2.0の動きは、企業戦略の転換というよりも、企業の自己定義の変更に近い。テスラはEVメーカーであるという枠組みを越え、AIとロボティクスを中核とする存在へと軸足を移しつつある。では、この再定義を資本市場はどのように評価しているのか。
ここで登場するのが、米国ウェドブッシュ証券のテクノロジーアナリスト、ダン・アイヴスである。彼は単にテスラ株に強気なアナリストというわけではない。彼の役割は、経営者のビジョンを資本市場の言語へと翻訳することにある。
マスクが「AIとロボティクスが最大の成長エンジンになる」と語るとき、それは方向性の提示である。しかし市場は方向性ではなく、将来のキャッシュフローを評価する。アイヴスはそこにSOTP(Sum of the Parts、事業ごとに分解して企業価値を評価する手法)という手法を持ち込む。企業を一つの塊として見るのではなく、事業ごとに分解し、それぞれの将来価値を積み上げる。
この枠組みにおいて、EV事業は安定的な母艦である。FSDは高収益ソフトウェア事業として再評価される。ロボティクスは将来のオプション価値を持つ成長軸であり、エネルギー事業はインフラとしての側面を持つ。ここで重要なのは、「現在の売上」ではなく「将来の収益構造」が評価の基準になるという点である。

