ここで少し考える素振りを見せたあと、静かに続ける。
「変な話ですけど、店がこの土地になかったら、こんなに売れてないかもしれませんよ。鎌倉の街が有名になっていくことによって、『豊島屋』も知られるようになったという側面はあると思うんです。であれば、やっぱり街に感謝だなと。
……でも、最近グッズだけしか買わない人もいるんで、『うち、和菓子屋だぞ!』って言いたくなっちゃうんですけどね(笑)」
良いのか悪いのか――、思惑通りの成果にはつながっているようだ。
「もう美味しいと思えない」
何もかもが順風満帆に見える「豊島屋」だが、聞けば久保田社長は一つの危機感を募らせていると言う。それは、「売上全体の8割を『鳩サブレー』に依存している」現実だ。店では年間約100種類の和菓子を製造・販売しているが、それらは売上の2割に留まっている。
「『鳩サブレー』が売れなくなったらどうしよう、という危機感は常に持ってるんですよね。この商品と同じぐらい売れるものができたら、私はもういつ死んでもいいと思ってるくらいで。せめて、助けるぐらいの商品は作りたいですよね……」
正直なところ、筆者も本店を訪れるまで、「鳩サブレー」以外の和菓子がこんなにあるとは知らなかった。だが、同じような消費者が圧倒的に多いのではないだろうか。ここでふと、久保田社長が独り言のようにつぶやき始めた。
「すごく嫌なのが、僕はもう『鳩サブレー』を美味しいと思って食べられないことなんですよ」
予想外の発言に、思わず顔を上げる。
「小さい頃は美味しいと思って食べてましたけど、今は会社の人間ですから、味見として食べるわけです。そうすると、美味しいとかじゃないんです。『美味しい』っていう言葉は、頭の外側にあるんですね。これは悲しいです。自分でも、悲しいです」
その言葉には、老舗の重みがずっしりと込められていた。
「鎌倉銘菓であり続ける」ということ
2026年2月現在、神奈川・東京を中心に43店舗を展開しているが、未だに遠方からの出店依頼が絶えない。だが、品質の安定や従業員の管理、財務負担の観点から、すべて断っていると言う。
「我々は売上増や利益増を、第一義には考えていないんです。分相応ってありますからね。身の程にあった経営で、作るのも売るのもすべて、自分の目の届くところでやりたいんです」
その言葉通り、創業からこれまで内部留保を蓄積し、無借金経営を貫いてきたそうだ。



