個人に関する部分を時間の許す限り洗い出す

他方、エージェントにしてみたら、インタビューを申し込むくらいだから、当然、作品を読み込んでのことだろうと思っていたはずだ。

自分の得意分野である科学や社会分析だったら、まだ1日でどうにかできる。ただ、小説は、そうはいかない。しっかり内容を読み込み、理解するのは当然のこと、そこから質問も考えなければならない。しかも次の日までにだ。指定された取材の時間まで残り20時間。だが、ここで慌てたところで、残り時間が増えるわけでもない。

大上段から人生を語るつもりも、そんな資格も私にはないが、大事なことほど得てして想定通りに進まないもの。だから、先方の無茶振りにイラついても仕方がない。

そのあいだも時間は刻々と過ぎていく。だとしたら、取材の時間から逆算してできることを考えるほうが、よほど生産的ではないか。

締め切りに取り組むビジネスマン
写真=iStock.com/serggn
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そこで、まずその日の夜8時までに彼の『わたしを離さないで』を読むことにした。そして、内容に関して聞きたいところ、あるいは大事な部分のメモを取った。

そして、作品に関して聞くのはメモしたものだけと割り切ったのだ。それから、カズオ・イシグロの経歴や交友関係など、個人に関する部分を時間の許す限り洗い出した。

そして翌日。私は次のようなことを聞いた。

“人物像”そのものを浮き彫りにする

小説作法についてお伺いしたいと思います。ポール・オースターにインタビューしたときに、彼は、同じく作家である妻のシリ・ハストヴェットの言葉を引用して、こう言っていました。

「小説を書くということは、実際に起こらなかったことを思い出すようなものだ。その意味で、小説を書く方がノンフィクションを書くよりもはるかに難しい」。このコメントに同意されますか。

もちろん、『わたしを離さないで』についても聞くつもりだったが、まだまだ知らない人も多かったであろうカズオ・イシグロの“人物像”そのものを浮き彫りにすることを、インタビューの中心テーマに据えたのだ。

言い換えれば、前項で述べた②人物に関する準備に重きを置くことにしたのである。

その結果、長崎で生まれ育ち5歳でイギリスに行くことになったこと。そのときの思い出で自身の日本像をつくり上げたが、それは記憶と想像が混ざり合った架空のプロセスを経たイメージであったこと。

そうした思考の過程は、小説家が小説を書くものと似ているといったことを、カズオ・イシグロから聞き出すことができたのである。