材料がなければ、何も考えることができない
では、そもそも「思考」とは何か。そこから「思考」してみましょう。「いま考え中です」といっている人の頭の中で何が起きているのかは、外から見てもわかりません。いや、おそらく本人にさえ、よくわかっていないでしょう。
僕たちは、自分の脳の中で物事を考えます。他人の脳で考えることはできないので、自分の脳内にあるものを使って考えるしかありません。
ですから、自分の脳にそのための材料がなければ、何も考えることができないでしょう。数学の試験を思い出せばわかるように、何らかの問いが与えられると、僕たちはこれまで自分の脳に蓄えてきた知識や情報を引き出し、アレとコレとを組み合わせることで、答えを出そうとします。
それが「考える」という作業にほかなりません。脳の中に公式や定理や計算方法などの知識があるから、それを使うことで数学の問題に答えを出せるのです。自分の頭の外から、答えやアイデアが降ってくることはありません。
他人の脳で考えることができないのですからそれが当然なのですが、人はしばしば何もないところからパッと答えが浮かぶかのように錯覚します。
よく「天啓のようなひらめき」などというのがそれです。考え出した本人も、なぜそんなことを思いついたのかわからないので、まるで無から有が生まれたかのように感じるのでしょう。
思考力を高めるいちばんの近道
でも、それは天啓でも何でもありません。その「ひらめき」を生み出した材料も、間違いなく自分の頭の中にあったものです。
本人は自分がその材料を持っていたことを自覚していないので、「空から降ってきた」ように感じるかもしれません。しかし実際は、無意識下にあったものが意識の上に現われただけです。
いくら考えても出てこなかったアイデアが、お風呂やトイレに入った瞬間に突如として頭に浮かんだという話はよく聞きます。それは、考えるのをやめたから出てきたわけではありません。
それまで考えに考え抜いていたからこそ、何かの拍子に脳の中で材料と材料が組み合わさって、思いがけない答えになるのです。
したがって「考える力」を高めるためには、そのための材料を脳にたくさんインプットしておくしかありません。知識や情報をできるだけたくさん蓄える――つまり、たくさん「勉強」するのです。遠回りに思えるかもしれませんが、じつはそれが思考力を高めるいちばんの近道にほかなりません。
社会人になったばかりのあなたは、学生時代までで「勉強」はもう終わったと思っていたでしょうか? でも、「学業」は大学卒業で終わったとしても、「勉強」は死ぬまで続けるものです。
なかには、「いわれなくても、仕事で勉強すべきことはいろいろあるので、ちゃんとやってますよ」という人もいるでしょう。たしかに、仕事を始めたばかりの社会人には、会社の業務に関連する膨大な知識を身につける必要があります。目を通すべき本や資料もたくさんあるはずです。
あるいは、キャリアアップのために必要な資格を取得するための試験勉強に励んでいる人もいるかもしれません。これは、学生時代の「学業」に近いものです。

