今後の国際情勢はどのように変化していくのか。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「歴史や古典がヒントになる。2000年前のローマ史や700年前に書かれた名著『神曲』には現代の国際政治と酷似した状況がみられる」という――。
ダンテの像
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テクノロジーは未来へ、政治は過去へ

2026年、世界は奇妙な既視感に包まれている。

AIや宇宙開発といったテクノロジーは未来へ加速しているのに、政治のOS(基本ソフト)だけが数世紀前へと逆回転を始めたからだ。

国家元首や大統領などという肩書きを持つ者が、民主的な調整者としてではなく、中世の王、あるいは神格化された皇帝のように振る舞い始める。国境を自分の庭の柵のように扱い、同盟を家来のように扱い、法を自分の感情で書き換えようとする。

だが、ここで重要なのは「誰がそうなのか、そうなる可能性があるのか」ではない。

なぜ、そういう振る舞いが“量産される構造”になったのかである。

この現象を理解する鍵は、現代政治学の教科書のページをめくることではない。むしろ一度閉じ、2000年前のローマ史と、700年前の地獄めぐりの詩を開くことにある。そこには、権力が腐敗するメカニズムが、驚くほど透明に描かれている。

なぜ現代に「王」が増殖しているのか

まず、現代に「ネロ型」が増える理由は、個人の資質ではなく、三層の因果で説明できる。

1)需要側:不安は「単純化」を欲する

不確実性が高まると、人は複雑な現実を複雑なまま理解することに耐えられなくなる。そこで生まれるのが「単純化欲求」である。原因は一つであってほしい。敵は一つであってほしい。正しさは一つであってほしい。

この心理は、強い指導者待望論を生む。強い指導者とは、問題を解く者ではなく、問題を単純化してくれる者であることが多い。複雑な利害を調整する調整者ではなく、善悪の物語で世界を塗り替える語り手が歓迎される。

2)供給側:「政策」より「物語」が勝つメディア環境

次に供給側である。現代の政治家は、政策の勝負をする前に「注意(Attention)」の勝負を強いられる。SNSは政治を、政策論争からリアリティ・ショーへ変換する。短い言葉、強い敵、単純な結末。そこに最適化がかかる。

つまり、政治家は統治能力ではなく、劇場能力で評価される。

結果、政治は「統治」ではなく「上演」になる。

3)制度側:ガードレールが摩耗した社会

第三に制度側である。強者が増えたのではない。強者を止めるガードレールが摩耗したのだ。

・議会は分断で機能不全に陥りやすい
・司法は政治的圧力に晒される
・官僚は専門性より忠誠を求められる
・メディアは注意経済に引きずられる
・学界や知識層は「遠い存在」として軽視される

この三層因果が揃うと、社会は「王」を必要としてしまう。

王の出現は原因ではなく結果である。現代は、王が出やすい構造に入ったのである。