政府はAI・半導体・量子・宇宙・核融合・バイオの6分野を「国家戦略技術」に指定し、投資促進や人材育成に取り組む方針だ。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「戦後日本の成功モデルが足枷となっている。日本が技術を活かすためには、これまでの前提を『終わらせる』意思決定が必要だ」という――。
東京の空撮
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なぜ日本人の給料は上がらないのか

日本は今、戦後最大の岐路にいる。AI、半導体、量子、宇宙、核融合、バイオといった国家戦略技術が、これからの国の安全保障・経済・雇用・産業・外交のすべてを決める時代になった。

しかし多くの議論は、いまだに、「どの技術にいくら投資するか」「どの大学を重点支援するか」「どの補助金制度がよいか」といった“政策の部品”に終始している。

だが、筆者が記事〈ノーベル経済学賞研究で「日本人の給与が上がらない理由」がわかった…日本の生産性を下げた“悪しき文化”〉で述べたように、日本の賃金停滞とは「創造されず、破壊されず、よって成長しない経済」である。それは安定ではなく、“動かない構造”であった。

国家戦略技術でも、まったく同じ構造的問題が再現されつつある。技術が足りないのではない。創造が足りず、破壊が足りず、成長へと変換されず、制度OSが技術の進化についていけない。そのために国家全体が「動かない構造」に戻ろうとしているのである。

国家戦略技術とは本来、国家が未来の稼ぎ方・守り方・働き方・学び方・戦い方を総入れ替えするための国家創造プロセスである。さらには、国家戦略技術とは、日本が未来へ生まれ変わるための“国家創造エンジン”である。

そしてそこに必要なのが、筆者が前述の記事で用いてきた、創造λ(ラームダ:挑戦密度)・破壊(壊すべき現実)・成長γ(ガンマ:価値の増幅率)・制度OS(循環を止めない国家基盤)という4つの国家エンジンである。

この4つが同期して回転したとき、日本は初めて未来へ進む。逆に言えば1つでも回らなければ、日本は再び“止まる国家”へ戻ってしまう。

これから提示するのは、日本が国家として創造的破壊をどう設計し、どのように未来をつかみ取るかという「国家戦略の設計図」である。

優れた技術を活かせない根本原因

第1章:国家戦略技術とは“国家OSの創造的破壊”である

国家戦略技術とは、単なる技術支援や研究強化のことではない。それは国家が未来へ向かうために避けて通れない“自らのOS更新”である。

国家OSとは、国家を動かす深層構造であり、以下のような領域が含まれる。

産業構造
行政構造
働き方と雇用制度
賃金と評価構造
学術・教育システム
安全保障の価値観
財政・予算制度
国際連携の哲学
失敗と挑戦に対する文化

国家戦略技術が動くためには、これらが未来仕様に書き換えられていなければならない。

AIも半導体も量子も宇宙も、未来の技術は未来の国家構造の上でしか動かない。

逆に言えば、国家構造が昭和のままなら、未来技術は必ず停止する。

研究費を増やしても、大学を強化しても、次世代半導体工場を誘致しても、国家のOSが古いままなら、それは「古いOSに新しいアプリを入れる」のと同じである。

動くわけがない。動いてもすぐフリーズする。国家戦略技術を語るとは、国家OSそのものに手を入れる覚悟の話である。