高市早苗政権は、2026年前半に防衛装備品の輸出を全面解禁する方針だ。日本の防衛産業はどうなるのか。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「防衛産業は軍事だけでなく、エネルギー、海運、通信、宇宙、半導体といった国家機能と生活基盤を支える産業群へと拡張している。この前提を踏まえたうえで、いまの世界構造を正確に読み解く必要がある」という――。
防衛装備品展示会「DSEI Japan 2025」に出展された、小型無人機(ドローン)に対処する高出力レーザー実証装置を搭載した防衛装備庁の試作車=2025年5月21日、千葉市
写真=時事通信フォト
防衛装備品展示会「DSEI Japan 2025」に出展された、小型無人機(ドローン)に対処する高出力レーザー実証装置を搭載した防衛装備庁の試作車=2025年5月21日、千葉市

日本が「避け続けてきた」重要テーマ

第1章:なぜいま防衛産業を扱うのか――「政治ではなく構造」から見直すために

防衛産業ほど、日本で慎重な扱いが求められるテーマは珍しい。

日本社会には、戦後から続く強固な心理的バリアがあり、政治家であっても、企業であっても、メディアであっても、この領域に踏み込むこと自体に“誤解されるリスク”がつきまとう。

しかし現在、日本を取り巻く環境は、こうした心理的回避が成立しにくい方向へ変化している。

・安全保障を「政権の柱」に据える高市政権
・半導体、AI、海洋、宇宙、エネルギーまで巻き込んだ技術覇権競争
・朝鮮半島、台湾海峡、中東といった周辺環境の不確実性
・国際社会全体の“安全保障と産業の統合”という新潮流

これらはいずれも、防衛産業を「避け続ける」ことそのものが日本の理解ギャップを広げかねない状況である。

にもかかわらず、日本で防衛産業を語る際にはいつも、“政治的立場”“軍事的主張”“賛否の二項対立”というレッテルが議論の入り口を塞いでしまう。

そのため本稿では、まず冒頭に明確な線引きを置く。

本稿は、政治的立場を取らない。

本稿は、日本はどうすべきかを語らない。

本稿は、賛成・反対の議論を目的としない。

本稿は、意図的に「答え」を提示しない。

この“徹底した中立性”こそ、防衛産業というテーマを社会が冷静に扱うための前提になる。

では何を目的とするのか。それは「構造の可視化」と「問いの提示」である。

防衛産業を「政治」ではなく「構造」で捉える

ここで本稿が最も強調したい点がある。

防衛産業の議論とは、軍事の話ではない。

これは単なる表現上の工夫ではなく、世界の潮流そのものを踏まえた“本質的な定義転換”である。

アメリカ、中国、イスラエル、韓国――この4カ国は、安全保障を「軍事」ではなく「国家の基盤産業」として扱っている。

彼らが防衛産業と呼ぶものの中には、ミサイルや装備だけでなく、半導体、AI・量子、通信・サイバー、造船・海運、宇宙、工作機械、レアメタル、ソフトウェア、サプライチェーン管理といった分野がすべて含まれている。

つまり防衛産業とは、国家が動き続けるために不可欠な「産業インフラの塊」なのである。

日本では「防衛=軍事」「軍事=危険」という重い心理連鎖があるため、そもそもこの構造的視点にたどり着く前に議論が止まってしまう。ゆえに本稿の役割は、感情・価値観・政治から距離をとり、世界標準の視点に基づいた構造の“輪郭”だけを静かに示すことにある。