日本が「避け続けてきた」重要テーマ
第1章:なぜいま防衛産業を扱うのか――「政治ではなく構造」から見直すために
防衛産業ほど、日本で慎重な扱いが求められるテーマは珍しい。
日本社会には、戦後から続く強固な心理的バリアがあり、政治家であっても、企業であっても、メディアであっても、この領域に踏み込むこと自体に“誤解されるリスク”がつきまとう。
しかし現在、日本を取り巻く環境は、こうした心理的回避が成立しにくい方向へ変化している。
・安全保障を「政権の柱」に据える高市政権
・半導体、AI、海洋、宇宙、エネルギーまで巻き込んだ技術覇権競争
・朝鮮半島、台湾海峡、中東といった周辺環境の不確実性
・国際社会全体の“安全保障と産業の統合”という新潮流
これらはいずれも、防衛産業を「避け続ける」ことそのものが日本の理解ギャップを広げかねない状況である。
にもかかわらず、日本で防衛産業を語る際にはいつも、“政治的立場”“軍事的主張”“賛否の二項対立”というレッテルが議論の入り口を塞いでしまう。
そのため本稿では、まず冒頭に明確な線引きを置く。
本稿は、政治的立場を取らない。
本稿は、日本はどうすべきかを語らない。
本稿は、賛成・反対の議論を目的としない。
本稿は、意図的に「答え」を提示しない。
この“徹底した中立性”こそ、防衛産業というテーマを社会が冷静に扱うための前提になる。
では何を目的とするのか。それは「構造の可視化」と「問いの提示」である。
防衛産業を「政治」ではなく「構造」で捉える
ここで本稿が最も強調したい点がある。
防衛産業の議論とは、軍事の話ではない。
これは単なる表現上の工夫ではなく、世界の潮流そのものを踏まえた“本質的な定義転換”である。
アメリカ、中国、イスラエル、韓国――この4カ国は、安全保障を「軍事」ではなく「国家の基盤産業」として扱っている。
彼らが防衛産業と呼ぶものの中には、ミサイルや装備だけでなく、半導体、AI・量子、通信・サイバー、造船・海運、宇宙、工作機械、レアメタル、ソフトウェア、サプライチェーン管理といった分野がすべて含まれている。
つまり防衛産業とは、国家が動き続けるために不可欠な「産業インフラの塊」なのである。
日本では「防衛=軍事」「軍事=危険」という重い心理連鎖があるため、そもそもこの構造的視点にたどり着く前に議論が止まってしまう。ゆえに本稿の役割は、感情・価値観・政治から距離をとり、世界標準の視点に基づいた構造の“輪郭”だけを静かに示すことにある。

