「軍事」ではなく、「生活と産業」を支える基盤

第2章:世界の防衛産業は「軍事」から「国家インフラ産業」へと構造転換している――5つのレイヤーと4つの潮流

第1章で述べたように、世界では安全保障を「軍事」ではなく、国家の産業基盤の一部として扱う構造転換が進んでいる。これを理解するためには、まず“世界の防衛産業がどういう構造を持つのか”を明らかにする必要がある。

本章では、国別の価値判断・政治的立場・軍事主張は完全に排し、“世界の構造がどうなっているか”を可視化することだけを目的にする。

1.世界市場の基本構造:「米国3億人の軍需産業」ではなく「80億人の国家インフラ市場」へ

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のファクトシート(2024年12月)によれば、2023年における世界の軍需企業大手100社の防衛売上は、6320億ドル(約98兆円、1ドル=156円換算)に達している。これは単なる“武器市場”ではなく、実質的には、産業材料、センサー、通信・サイバー、AI・データ基盤、宇宙・衛星、造船・海洋エンジニアリング、エネルギー設備といった防衛目的で用いられる先端インフラ技術の集合体によって形成されている。

たとえば、私たちの生活に欠かせない石油、LNG、小麦、医薬品といった物資は、すべて海運と造船技術によって世界中を移動している。日常では意識しにくいが、こうした“背後の産業インフラ”が途切れず機能することで、家庭の電気料金や食料価格といった生活コストが安定する。防衛産業は、この基盤産業群と分離して存在しているのではなく、むしろ深く結びついている点が重要である。

コンテナターミナル
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防衛産業は、統計上こそ“兵器産業”に分類されるものの、実態はまったく異なる。現在のそれは、軍人や軍事組織だけを対象とする領域ではなく、エネルギー、海運、通信、宇宙、半導体といった国家機能と生活基盤を支える複合的な産業群へと拡張している。つまり対象は「軍事」ではなく、「世界中の生活と産業」を支える基盤そのものへと変わっている。この前提を踏まえなければ、いまの世界構造を正確に読み解くことはできない。