なぜ研究成果が産業につながらないのか
成長γ:挑戦を価値へ転換できる国家へ
「挑戦が挑戦で終わる国家」と「挑戦が国力へ跳ねる国家」
日本の最大の課題は、挑戦の“増幅率”が低い点にある。挑戦(研究・PoC)は起きても、価値(ビジネス・安全保障・国際競争力)に変換されない。
それは、γ(ガンマ)が低い国家であるということだ。
研究者がすばらしい成果を出しても、それが産業へつながらなければ国家の力にならない。PoCが成功しても、それが世界市場・安全保障・国内課題解決へ接続しなければ価値は生まれない。
国家戦略技術が意味を持つのは、挑戦が国家価値に跳ね返る構造が成立したときである。
そのためには、挑戦の出口を最初から「三重構造」で設計することが必要だ。
ひとつは世界市場であり、もうひとつは安全保障であり、そしてもうひとつは国内課題(少子高齢化・災害・地域社会)である。この三つを同時に満たすことではじめて、挑戦は国力へと増幅される。
さらに、日本がγを高めるためには、研究者→起業→大企業→政府→大学という“高速回遊キャリア”を制度として認める必要がある。
人材の循環は、国家の循環である。速度が高い国家ほど、挑戦は価値へと変換される。
挑戦を価値へ最大増幅する国家――これがγが高い国家である。
米国国防総省の「小規模組織」が生み出したもの
制度OS:挑戦が止まらない国家の深層ソフトウェア
「制度が挑戦を生み、制度が挑戦を止める」
制度OSとは、国家の深層ソフトウェアのことである。制度OSが古ければ、挑戦は生まれず、破壊は拒まれ、成長は起きない。
制度OSが国家戦略技術の成否を決定づけるという指摘は、抽象論ではない。世界の技術立国はいずれも「制度が技術を生んだ」ことを示している。象徴的なのが、米国DARPA(国防高等研究計画局)である。DARPAはわずか200人規模の組織であるにもかかわらず、インターネット、GPS、ステルス、音声認識、自動運転といった世界史級の技術革新の起点となる研究開発を次々に生み出した。DARPAが偉大なのは資金量ではなく、「失敗が許され、越境が奨励され、スピードが最優先される制度」を組織内部に組み込んだ点である。制度そのものが技術を生む装置になっているのである。
制度が未来を開くことを示す例は他にもある。イスラエルは人口990万ながら、AI、サイバー、防衛技術で世界指折りの国になった。その基盤はタルピオット(イスラエル国防軍が運営する、数学・物理・コンピュータ科学などに卓越した人材を選抜し、研究開発リーダーを育成するエリート訓練プログラム)に象徴される「国家人材OS」であり、軍・大学・産業をひとつの循環に統合した制度が、挑戦と価値創造を途切れなく生み出している。
また、エストニアは行政サービスのほとんどがデジタル化されているが、それを可能にしたのは技術そのものではなく、住民IDとデータ連携を基盤とするX-Roadという国家OSである。制度が未来を許したとき、小さな国家でも構造は劇的に変わる。
これらの事例が教えるものは明確である。国家を未来へ動かすのは、個別の技術ではなく、その技術が動くことを可能にする制度OSである。制度が変われば、国家は跳ぶ。制度が止まれば、国家は停滞する。
日本が未来へ進めるかどうかは、まさにここにかかっている。

