高市首相が通常国会冒頭で衆議院を解散したことに、野党から「なぜ今なのか」「政治空白ができる」などと批判が相次いでいる。評論家の白川司さんは「今回の衆院選は、単なる政党同士の勢力争いではなく、当初予算編成の主導権を争う選挙になる」という――。
会見で記者の質問に答える高市早苗首相=2026年1月19日、首相官邸
写真=時事通信フォト
会見で記者の質問に答える高市早苗首相=2026年1月19日、首相官邸

予算編成を官僚主導から政治判断へ

日本の戦後政治において、「財政改革」や「行政改革」を掲げた首相は何人もいた。

中曽根康弘は「行政改革」「国鉄などの民営化」「官僚機構への政治的圧力」をおこない、橋本龍太郎は財政構造改革を断行し、小泉純一郎は聖域なき構造改革を実行し、民主党政権は「政治主導」を標榜した。

だが、当初予算で政治が優先順位を決め切る方式へ制度として転換した政権はなかった。

それは、予算編成プロセスそのものを、官僚主導の積み上げ型から、選挙を起点とする政治判断に切り替えることである。

なぜ誰もそこに手をつけなかったのだろうか。

予算編成は官僚制の中枢であり、ここに踏み込めば、官僚側と激しく衝突することにもなりかねないからだ。そのため、成果が出るまでに時間がかかり、失敗すれば選挙では評価されず、公約も実現できなくなる。

首相にとっては、最も「割に合わない改革」だったから、というのが、最も無難な答えではないだろうか。

その誰もが避けてきた領域に、正面から踏み込もうとしているのが高市早苗総理である。

だからこそ、今回の総選挙は、単なる政権継続を問う選挙ではない。高市首相自身が「政治生命」を賭ける選挙になりうるのである。