暴君の正体は「主演男優」である
歴史はローマ皇帝ネロを残虐な暴君として記憶している。母殺し、妻殺し、虐殺。血塗られた履歴書は事実である。だが、現代が直視すべきネロの本質は、そこではない。
彼の本質は、「政治家」ではなく「エンターテイナー」だった点にある。歴代皇帝が重視した元老院(議会・エリート)との根回しを、ネロは退屈な事務作業として唾棄した。その代わり、円形劇場に立ち、自ら歌い、演じ、喝采を浴びた。
ここで決定的なのは、ネロが娯楽を愛したという話ではない。彼は、統治の困難さ――利害の調整、財政の規律、外交の抑制、法の手続き――を、熱狂という“近道”で迂回したのである。
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