豊田章一郎と、アメリカでの現地生産のはじまり
豊田英二、章一郎ともに生産から販売までをひとつの流れにしたかった気持ちはあっただろう。しかし、TPSを販売に導入するために現場に飛び込んでいって旗を振る人材はいなかった。販売の現実を知り、販売部門、販売店の意識を変えるには時間がかかるし、数々の困難を乗り越えていかなくてはならない。
「私がやります」という人材が出てくるには時間が必要だった。
旗を振る人材が出てきたのは工販合併から10年後の1992年のことだ。豊田章男が生産調査部から国内営業部門に異動し、北陸長野地区にあるカローラ店の地区担当員になった。地区担当員とはトヨタの国内営業本部に所属する各地の販売店をサポートする役目だ。
販売店を訪れた彼は「車両工場をジャスト・イン・タイムで出た車がなぜ、何週間も何十日も滞留するのか」と疑問を持つ。そこから販売現場へのTPSが導入されていくのだが、短時日では成果は出なかった。
実際に販売部門へTPSが導入されるまでは30年以上の時間がかかっている。かつて生産工程で大野耐一がやったように上層部と現場へ働きかけ、少しずつ結果を出すしかなかった。豊田章男はそれをやった。同時に、忍耐強く待った。現場がTPSの必要性を痛感するまで待つことが必要だと直感していたのだろう。
「待つことは何もしないことではない」とボン大学の教授で哲学者のマルクス・ガブリエルは言っている。「老子は権力についてよく知っています。『老子』第三章に『聖人の、行動のない活動を通して、すべてのことがうまく規制されるのである』という文言がありますが、老子思想の要点は待つことです。
タオイスト(老子思想、道教の実践家)は待つことの効用を知っている。待つことが上手であれば、待っていても無為を気に病むことはありません。待つとは単に何もしないことではありません。待つことはスキルです。忍耐です。真のタオイストは、本当に安定した持続可能な権力は、行動しないタイミングを知ることにあると理解している。だから権力闘争にもうまく勝てる。」(『時間・自己・幻想』PHP新書)
工販合併の後、英二、章一郎もまたTPSの販売への導入を待つことにした。ふたりは何もしなかったのではない。物流に関してはTPSを導入することにした。しかし、販売に関しては旗を振る人材が出てくるまで、待つという戦略を取るしかなかった。
工販合併した後、新生トヨタが着手したのは重なり合うセクションをひとつにして、効率化することだった。もっとも、一方は生産、他方は販売が仕事だったから、重なり合うセクションとは主に財務、人事、広報といったスタッフ部門だった。
合併会社の構造を整理し、変革していくなか、トヨタ社長の章一郎が手を付けたのは物流のカイゼンだった。合併前、ふたつの会社に分かれていた物流をひとつにすることにした。
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