おまえを部下に持ちたい上司はいない――。トヨタ現会長である豊田章男が入社した際、父であり当時の社長であった章一郎はそう伝えた。そこから章男は、2人の男に育てられ、トヨタの「カイゼン」を追究するようになった。
第八章 豊田章男と販売のトヨタ生産方式

「叱られたことがないのは不幸」特別扱いせず厳しく指導

“君は御曹司だ。これまで叱られたことはないんじゃないか。どうだ、目いっぱい叱られたことはあるか?”

1984年、豊田章男はトヨタ自動車に入社した。工販合併の翌々年である。新生トヨタの第二期生だ。入社時の社長は豊田章一郎だった。章男は創業家の人間で、かつ社長の息子である。章男は慶應大学を出た後、アメリカのビジネススクール、バブソン大学を卒業している。当初、トヨタから距離を置こうと思って金融業界に飛び込んだ。だが、出自のせいで、自動車業界の専門家として扱われた。しかし、その時点では章男は自動車業界のことなど何も知らない。居心地はよくなかった。どこへ行っても、専門家として扱われるならば、トヨタから逃れることはできない。彼は運命だと思って、入社試験を受けてトヨタに入った。その時、父親の章一郎はぽつりと言った。

「おまえを部下に持ちたい上司はいない」

入社して感じたのは父親の言葉が現実を表していたことだった。

「社長の息子ということで、自分はアンタッチャブルな存在だった」

章男に近づいた人間は「なんだ、あいつは。社長の息子におべっかを使っているんだな」と陰口をたたかれた。それなら近づかないほうがいい。周囲はそうふるまうようになった。

研修の後、配属されたのは元町工場の工務部日程課だった。上司は林南八。林は大野耐一から直接、トヨタ生産方式を教えられた最後の世代で、エキスパートだった。「鬼の南八」と呼ばれる厳しい指導で知られた男だった。わたし自身、林とは何度も会って話をし、取材もした。厳しい人だったけれど、怒るだけでなく、人のいいところを見る人でもあった。

そんな林は初対面の時、豊田章男に向かって、こう言った。「君は御曹司だ。これまで叱られたことはないんじゃないか。どうだ、目いっぱい叱られたことはあるか?」

章男は「ありません」と答えた。

林は不敵に笑った。

「そうか。それは不幸だ。オレが幸せにしてやるから覚悟しておけ」