「難しい本」とは、一体どんな本でしょうか。

難しい本には大きく2つの特徴があると私は考えます。ひとつは「専門性が高い」こと。専門知識がないにもかかわらず、本格的な専門書や古い文章で書かれた原典を読もうとしても、理解できずに「難しい」と感じるのは当然です。そうした場合は、中堅から若手の学者が書いている、新書をはじめとした入門書から読むことをお勧めします。

哲学者・作家 千葉雅也 Masaya Chiba 1978年、栃木県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。2019年、『デッドライン』で野間文芸新人賞、23年『現代思想入門』で新書大賞受賞。著書多数。
哲学者・作家
千葉雅也 Masaya Chiba
1978年、栃木県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。2019年、『デッドライン』で野間文芸新人賞、23年『現代思想入門』で新書大賞受賞。著書多数。

もうひとつの特徴は「答えを簡単に決めつけていない」ことです。

物事を決めつけようとする本はわかりやすいものです。答えがはっきり書いてあるように見えるし、ひとつのテクストやナラティブに沿って要約されているから、読み手にとっては理解しやすく感じられます。本だけでなく、政治や歴史に関するユーチューブなどにも、そのようなコンテンツがたくさんあります。

ところが、こうした「わかりやすい決めつけ」には大きな危険が潜んでいます。世の中は本来複雑で多面的であり、ひとつの因果関係だけで動いていることなどありません。答えを簡単に決めつける情報ばかりに触れていると極端な思考に陥り、道を誤ってしまいかねません。物事を基礎から理解しようとしたり、多面的に捉えようとしたりすると、どうしても記述が複雑で、盛り込んである要素が多く、ロジックを何段階にも展開していくような本を読むことになります。こうした本は、簡単なキーワードでぱっと要約することができないのです。

特に人文系の学術書は多面性を提示することが重要なので、決めつけを避けようとします。一流の書き手ほど、「一定の角度からはこう言えるが、それがすべてではない」など、さまざまな形で断言を留保しながら、自分なりに組み立てた見方を示す絶妙な文体を持っているものです。本の中に明快な答えがないことで「難しい」と感じているのであれば、まずは「答え」を目標設定にしない必要があるのではないでしょうか。

本の中で二項対立が提示されていたら、すぐ「どちらが正しいか。どちらを支持するか」という考えに飛びついてはいけません。まずは何を○として、何を×としている議論なのか、テクストの構造を把握していく。学問の世界では、複数の議論Aと議論Bを対比したり、今に至るまでの歴史的な知の流れを理解したり、対象をニュートラルに俯瞰する視点――私が呼ぶところの「カメラアイ」が求められます。答えを探すのではなく、カメラアイの精度を上げるために読書する。そのように考えると、難しい本との向き合い方も変わってくるはずです。

本を読むのは記憶の訓練 脳の作業メモリを増やす

それでは、難しい本はどう読んでいけばいいのでしょうか。

「難しい」と感じる理由として、「自分の実感に合わないことが書いてある」ことがあると思います。しかし、異質な世界観を学ぼうとするとき、自分の実感に合わないことが書いてあるのは当然です。無理に納得しようとしてはいけません。自分の感覚を拡張する経験だと考えて、不快に思うような考え方でもいったん受け入れてみる。それに慣れると、だんだん面白さがわかってくると思います。

また、専門書は言葉遣いやロジックが複雑なため、前に戻って文章を読まないと理解できないことがあります。なので、少し前に出てきた文章を頭の隅に残しておかないといけません。そこで「読書は記憶の訓練」という意識を持っておくのもいいでしょう。パソコンでいえば、ハードディスクというより作業メモリを増やす感覚です。

(構成=川口昌人)