人工透析の一歩手前で大復活を遂げた理由
私たちが結婚したのは2011年。夫が68歳、私は23歳のときでした。当時の加トちゃんは極端な偏食で、野菜や魚は大嫌い。味の濃いものが好きで、とんかつ、ステーキ、ハンバーグなど、お肉ばかり食べていました。
1988年、広島県生まれ。2011年、当時68歳の加藤茶さんと結婚。生活習慣病予防アドバイザー、介護食アドバイザーなどの資格を取得し、介護職員初任者研修、介護福祉士実務者研修を修了。YouTubeチャンネル「加藤家の日常」で減塩料理の作り方などを発信中。
健康のことを考えて野菜や魚料理を出しても、一切手をつけてくれません。逆に肉料理を出すと「おいしい、幸せだ」と言ってくれます。20代だった私は加トちゃんが嬉しそうに食べる姿が見たくて、肉料理ばかりを作るようになってしまいました。わが家の食卓をブログに上げると、「財産目当てで結婚した嫁が脂っこいものばかりを食べさせて、加トちゃんを殺そうとしている」と大バッシングを受けました。
64歳で大動脈解離の大手術を受けて激しい運動ができなくなってから、体を動かすことも一切していませんでした。万歩計で計測したら、1日の歩数が「10歩」だった日もあります。
大スターの加トちゃんは、若い頃から運転手付きの車に乗って付き人さんとともに行動し、日常のちょっとした運動すらもしていなかったのです。
暴飲暴食、運動ゼロの生活で加トちゃんの体は悲鳴を上げていたはずです。結婚生活は幸せでしたが、70代で大きな病気が続いて夫婦で苦労をしてきました。パーキンソン症候群を患って体重が38キログラムまで落ち、食道破裂で吐血したこともあります。
転機となったのは7年前、75歳のときです。朝、加トちゃんがベッドの隅で力なくうずくまっているのを見つけました。すぐに救急搬送され、数日間、生死の淵をさまよいました。診断は、腎機能の急激な低下。大動脈解離を患ったことで心臓・腎臓・肝臓に負担がかかり、弱っていたのです。医師には「塩分摂取量を1日6グラム以下に」「人工透析を始めましょう」と言われました。
人工透析となると、加トちゃんの生き甲斐でもある舞台の仕事が大幅に制限されることになります。それは何としても避けたい。透析のスタートを延期してもらい、本気で食事療法に取り組むことにしました。
加トちゃんの食生活を調べたところ、1日12グラム以上の塩分を摂っていることがわかりました。濃い味に慣れた人が1日6グラム以下の減塩料理を口にすると、ほとんど味がないように感じます。私が塩分量を計算して作ってみた料理は、受けつけてくれませんでした。
私は「そうは言っても健康のためやけん。がまんして食べんといかんよ」と言ったのですが、加トちゃんは頑として口をつけず、やせ細る一方。ついには夜中にこっそり家を抜け出し、コンビニで爆食いするまでに……。
そして、その事実は数値の悪化で判明しました。血圧は190ミリメートルHgを超えており、夫婦で減塩生活を頑張っているものと思っていた私は卒倒しそうになりました。
ここから先は有料会員限定です。
登録すると今すぐ全文と関連記事が読めます。
- 広告最小化で快適な閲覧
- 雑誌『プレジデント』が最新号から読み放題
- ビジネスに役立つ学びの動画が見放題
- 会員限定オンラインイベント


