老化は衰えではなく、生きるために必要なものを残す自然なプロセスだと、解剖学者の養老孟司氏は言う。脳の仕組みや死生観、人間と自然の関係を通じ、「老い」を前向きにとらえる考え方を聞いた。

肺がんになってもそれほど驚かなかった

正体① 老化は必要なものを残す進化のプロセスだ

当たり前の話ですが、人間も年を取れば、体のあちこちが弱ったり、不自由になったりします。

私自身も90歳近くになりましたが、例えば、握力がめっきり低下してしまい、昔は簡単に開けられたペットボトルの蓋も開けられません。2024年には、肺がんと診断されたものの、それほど驚きませんでした。というのも、細胞や免疫の機能不全によって起こる「がん」も老化現象の代表格で、この年になれば、精密検査をすると、がんの一つや二つ、見つかることが珍しくないからです。

老化の代表と言えば、中高年が悩む「高血圧」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。一説には、日本の高血圧患者は約4300万人、日本人の3人に1人、40歳以上の2人に1人が高血圧で、「国民病」などとも言われています。マスメディアも、高血圧が「万病の根源」のような報道を繰り返しています。

健康診断を受けるたびに血圧が上がり、医師から「そろそろ降圧剤を始めましょう」と、勧められた方もいるでしょう。血圧計で数値を測って、「基準値」を超えると心配になり、食事で塩分を減らしたり、飲酒を控えたり、肥満解消の運動に励んだりした経験もあるのではないでしょうか。

人生を楽しむには血圧を気にしてはいけない

では、日本人が信仰している血圧の基準値とは何でしょうか。最近では、血圧130mmHg以上の状態が長期に続くと、「脳卒中や心臓病の発症リスクが明らかに上がる」といった疫学研究が発表されるようになりましたが、実はもともと、基準値は「重病になるかどうかを分ける境界線」ではありませんでした。統計学に基づいて人間を「正常か、異常か」に振り分けるために、人為的に設定した数値にすぎなかったのです。

血圧の基準値を決める場合、大勢の人の血圧を測定して統計を取ります。統計データが十分であれば、血圧の分布をグラフで描くと、教会の鐘(ベル)のような形になるので、「ベルカーブ」と呼ばれています。日本では、「正規分布」とも表現しています。そして、ベルカーブのうち、人数が最も多い真ん中の中央値を軸にして、人数が95%に達するまでの左右の範囲を「正常値」、正常値からはみ出たベルカーブの左右の端、残りの5%を「異常値」と見なします。

血圧測定では、最高血圧と最低血圧の両方を測りますが、最高血圧で言えば、高いほうの異常値は140mmHg以上。すなわち、血圧が140mmHgを超えれば、「高血圧」と判定されるのですが、「人間集団の中では圧倒的な少数派」だから、「異常」で「病気」というわけです。

実は、血圧のベルカーブと学力の「偏差値」の分布グラフが、酷似しているのをご存じでしょうか。例えば、私が教えていた東京大学の「理科三類」(医学部進学コース)の偏差値は80超。つまり、ベルカーブの右端、「異常値」に該当します。だとすれば、東大医学部の学生は、「頭がおかしな病人の集まり」ということになってしまうでしょう。

そもそも血圧は、同じ人でも日内変動が激しく、気分の浮き沈みや、仕事が忙しかったりするだけで、すぐに急上昇します。医療機関で血圧測定をすると、緊張で血圧が上がりやすいので、「診療所血圧」は「家庭血圧」の基準値から5mmHg低く設定されているほどです。

たまたま測った血圧が基準値を「上回った」「下回った」と、一喜一憂するのはナンセンスです。血圧測定を健康に役立てたいなら、例えば、毎朝、定期的に測らなければ、意味がありません。