遺言をポジティヴに捉え、毎日をアクティヴに生きよう
誰でも、自分の死について考えるのは嫌なものである。しかし実際には、いつどこで、人生の終わりがくるかわからない。
日本には、伝統的に「言霊」に関すする信仰があり、ある言葉を口にすると、それが表す実体を呼び込んでしまうというような懸念を抱く人もいる。だから、あまり悪い意味の言葉を口にしないほうがいい、となりがちだ。
結婚式で、「切れる」とか「終わる」とかいう言葉を口にするのがタブーであるように、日常生活で自分の「死」に関係することを考えたり言葉にすることは、「縁起でもない」から避けるべきだという風潮がある。
しかし、自分の死について考えないというのは決して良い態度とは言えない。現代社会は、不確実性に満ちており、それに対する備えをしておくことは大切である。自分が死んだらどうするかと考えておくことは、究極の「緊急時対応計画」だと言える。
相続専門の司法書士は、しばしば「遺言はできるだけ早く、できればいますぐ書いたほうがいい」とアドバイスするそうである。しかし、実際には行動に移さない人が多い。
自分にはまだまだ早いと考えるのもわかるが、死後に備える心構えは年齢と関係ない。親の死後の相続を気にかけている人は多いだろうが、親の立場から見れば、自分の死について考えるということでもある。自分の遺言のことについて考える道筋を整理することは、自分の親を相続の準備をする気にさせる方法にもつながる。
何よりも、遺言について一度きちんと考えておいて、そのあと大いに長生きするというのはとてもめでたいことではないだろうか。
そもそも、なぜ、人は自分の死に無頓着なのだろうか? 簡単に言えば、死や死後のことについて考えることが、生物としては必ずしも適応的ではないからである。
人類の長い進化においては、成功するかどうかわからない状況でチャレンジをする必要があった。そのようなときに、いちいち死ぬ可能性を考えていたら、選択をあやまったり、行動がにぶる可能性があった。
文明が発達して、平均寿命が長くなった現代よりも、昔は、人が死ぬ確率ははるかに高かった。だからこそ、やたらと死ぬことを考えずに、自分の道を選び、行動することが必要だったのである。
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