作家、元外務省主任分析官 
佐藤 優氏

私は、母がプロテスタントのキリスト教徒だった関係で、子供の頃からよく教会に連れていかれた。14歳のときに熾烈な沖縄戦に遭遇し、軍属として、陸軍第62師団(通称「石部(いしぶ)隊」)と行動をともにした母は、戦争末期に陸軍の下士官から自決用に手榴弾を2個渡された。

沖縄本島南部、摩文仁(まぶに)の浜辺にある自然壕に隠れているとき、米兵に発見された。「手を挙げて出てきなさい」という投降勧告を受けて、母は自決しようと手榴弾の安全ピンを抜いた。信管を壁に叩きつければ、5秒足らずで手榴弾が爆発し、壕の中にいた17人は全員死ぬはずだった。母が2~3秒躊躇したとき、隣にいたひげ面の伍長が「死ぬのは捕虜になってからもできる」と母をいさめて両手を挙げた。そこで、母は命拾いした。