スリランカ上座仏教長老 
アルボムッレ・スマナサーラ

人生はトラブルや苦悩、悲しみや不安に満ちています。勤務先の業績悪化、リストラの危機、愛する家族との別離、夫が鬱に、妻がガンに、子供がニートになった等々。これらの深刻な問題が、いつ自分の身にふりかかってくるかもしれません。

ブッダは生命とは何なのかと調べた結果、「苦」だという答えを出しました。私たちは幸せを求めて生きていると思っていますが、じつは「命は苦でできている」のです。なぜご飯を食べるかと言えば空腹感が苦しいから。呼吸するのも呼吸しなければ苦しいからです。すべての欲望の裏には苦があって、それが原動力となって命は動かされているのです。

あらゆる生命にとっての「苦」は、「生老病死」の4つです。すべての生命は、生まれ、老い、病み、死にます。人間には乗り越えがたい苦しみですが、それは同時に、生きることそのものでもあるのです。

人が生きるうえで、苦について徹底的に考え抜いたブッダは、こう語っています。「諸行はまさに無常である」(生じて滅びる性質を持つ。諸行はまさに無常である)。この世のすべてのものは変化する。生じて滅びるということです。変わらないものは何1つありません。

この真理を発見したブッダは、「では、我々はどうしたらいいのか?」ということについて、次のように説いています。

「生じて滅びるそれらから こころを静めるのが安楽である」。つまり、自然も会社も人も変わり続けるという真理を認め、どんな変化も当然のこととして受け容れられるようになれば、苦しみは乗り越えられ、心が安らぐというのです。

「無常」というと、暗い話を思い浮かべる人がいますが、実はそうではありません。変わり続けることは、いい悪いではなく、そういう法則だという、ただそれだけのことです。人は、子供が成長するという変化は喜ぶのに、なぜそれ以外の変化には怒るのでしょうか。社会や経済が変わるのも、病み衰え死ぬのも、雨が降り、地球が自転をするのと同じ、当たり前のことなのです。

苦しみは、無常という真理を認めようとしない心が生みだしています。たとえば、人は自分の都合のいいように、勝手に「安定」を期待します。好調な業績は今後も続くだろうと考え、結婚で得た幸せはゴールであり永遠に変わらないと思いたがり、子供がいい学校に入ったら「もう大丈夫」と安心します。しかし本当は安定などありえないのです。