すべての社員に幸福をもたらす合併はない

合併当初からたすきがけではなく、経営トップ自ら幹部人事を断行したのがアステラス製薬である。同社は05年4月、山之内製薬と藤沢薬品工業の合併で誕生し、統合発表後に社員に対して「統合7原則」を打ち出し、その1つに「人事は能力に基づき、公正にして適材適所に徹すること」を掲げた。

具体的には旧山之内と旧藤沢の社長、副社長のトップ2人ずつの計4人(トップ4)が新ポストの候補者全員と面談し、適材適所の人事配置を断行した。

「統合前の新社の組織構造が固まった夏過ぎからポストの人選に当たりました。トップ4が事務局から与えられた個人の情報を参考にしながら候補者に直接インタビュー。その後『ふさわしいのはA君だ、B君にこの部署を任せたらどうか』と協議しながら人選を進めました。その間は外部の雑音を一切シャットアウトし、4人だけで公正に人選を行いました」(人事担当者)

公正な人事を謳ってもなかなかできるものではない。役員やOBを含めた派閥の論理が表面化するのが一般的である。アステラスの場合も当然発生したが、そうした声には一切耳を貸さなかったという。

「様々なクレームや注文が入った。OBから『なんで買収した会社の人間を主要なポストにつけるのか』『彼は部長になれずに僕のところに泣きついてきたよ』『いったい何を考えているのか』という声が、トップの耳には届いていたと思います。それを一切無視し、公正な人事をやり遂げたと私は信じています」(同社人事担当者)

アステラス製薬は統合直前の05年1月には、約1000人の早期退職募集を実施し、早期の人員削減に踏み切っている。同社の営業利益は4月の統合時は1922億円だったが、その後、着実に業績を伸ばし、多くのアナリストから合併の成功例と見なされている。もちろん、業績は1つの指標にすぎないが、早期のスリム化と公正な人事による“人の融合”も成功要因の1つといえるかもしれない。

合併は会社の存続と成長を目指した高度の経営判断であり、すべての社員に幸福をもたらすものではない。これまで過ごした会社の文化や風土に染まった自らの価値観を転換しない限り、生きていくのは難しい。

※すべて雑誌掲載当時

(宇佐見利明=撮影)
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