胡錦涛時代はメディアに独立性があったが…

胡錦濤時代の中国メディアには一定の範囲で自由や独立性があり、環境問題や貧困問題などさまざまな社会課題について取り上げることも黙認されていました。中国共産党や指導者を直接否定するような内容でなければ、世の中の問題点を明らかにするために一定の批判は認められていたのです。

しかし、習近平政権以降は明らかに方針が変わり、現在は「正能量(ポジティブなエネルギー)」と呼ばれる明るいニュースばかりが報じられるようになりました。中国社会に対して肯定的なニュースだらけとなり、社会の問題点を指摘するような報道はネガティブ情報として禁忌扱いとなったのです。

命に関わる問題でも政権批判は許されない

――習近平体制以降の中国国内では、ジャーナリスト的な活動はほとんどできなくなったということですね。

ええ、王志安の場合も活動できる範囲が急激に狭くなっていきました。彼はCCTVの在籍末期に、救急車の不正問題を取材していたそうなんです。北京市内では各病院と救急車が金銭的な癒着関係にあり、たとえば交通事故の現場のすぐ近くに受け入れ可能な病院があっても、わざわざ時間をかけてはるか遠くの提携先の病院まで患者を運ぶ、という実態があった。ただ、そのニュースは結局お蔵入りになり、過去にも似たようなことが多くあったことで、CCTVで記者活動を続ける意欲を失ったようです。

安田峰俊『戦狼中国の対日工作』(文春新書)

その後は北京の大衆紙「新京報」の動画チャンネルで活動を続けていたのですが、19年6月に673万人のフォロワーを擁した自身の微博(ウェイボー、中国のSNS)アカウントを凍結され、その後、仕事もできなくなる状態へと追い込まれていきました。

もともと日本に拠点を持っていたところ、日本に滞在中にコロナ禍が発生して中国に戻れなくなり、そのままYouTubeを始めたら人気が出たので、拠点を完全に日本に移しました。中国共産党に対する批判的な発言も臆せずしているので、もう中国に戻れないことは本人も理解しているようです。

YouTubeのフォロワーは110万人。彼は中国では下の世代からは嫌われがちな天安門世代の著名人で、日本でいう「団塊世代の成功したジャーナリスト」みたいな雰囲気もあるので、若者からの人気はイマイチだったりもしますが、それでも知名度と影響力は健在です。世界最大の華人YouTuberは、日本にいるわけです。