病名のないウイルスへの対処法は

ヒトがウイルスに感染すると、生体反応として免疫が動き出し、ウイルスを排除しようとする。そのとき、ウイルスの種類が違っても、同じような反応を示すウイルスがある。松浦の考えるウイルス対策は、従来のようにウイルスの機能や形質によるタイプを問うことはせず、ウイルスが身体に入ってきたとき、生体がどう反応するか、その反応のパターンでウイルスを分類しようというものだ。

「生体の反応をいくつかに分け、それぞれに対する治療法を準備します。例えば、新しいパンデミックの感染症が出たとき『こういう細胞が動いているから、これはパターンBだな』と判断する。そうすると『この細胞を強くしたら、おそらく排除できるだろう』ということがわかるはずです」

これまでの治療は、まず診断をして病名を確定し、学会の作ったマニュアルや保険診療の手続きに基づいた定型的な投薬などの治療を行う。それが日本における正統な治療法だ。ところが松浦のやろうとしている治療は、逆ルートだ。病名の確定はさておき、症状に応じた治療を開始する。なぜなら、未知の感染症の場合、そもそも病名自体がないかもしれない。病理学的関心からウイルスの特定を進めても、その間に症状が進行して手遅れになるかもしれない。そうではなく、症状に応じた治療法や薬をあらかじめ用意し、新しい感染症にとりあえず対処できるようにしておこうというのだ。

未来の医療では、治療薬を事前に用意する

「感染症が出てからワクチンを作るというのが、今までの感染症研究なんですね。基本的にワクチンは後出しで、だから後手後手に回ってしまうのです。ぼくたちはワクチンではなく、あらかじめ治療薬を用意しようと考えています。例えば、パターンAの症状だったらこの薬、Bの症状だったらこの薬。そうしておけば、未知の感染症が出たらすぐに『これが効くはずだから、まずは使ってみましょう』ということができるようになるのです。先制的に準備する。2050年くらいまでには、そうなるだろうと思います」

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国の事業として「SCARDAスカーダ(先進的研究開発戦略センター)」が2022年に設置され、パンデミックを起こす可能性のある病原体に対して、様々なワクチンをあらかじめ用意しようという取り組みを始めた。これに対して松浦たちは、同じような視点で薬を準備しておこうというのだ。そうなると、ウイルスによる感染症に限らず、いろんな病気に対応できる可能性があり、実現すれば多くの人の命を救うことになるだろう。