大学病院の勤務医の長時間労働が常態化している。内視鏡医師で、AIメディカルサービスの多田智裕社長は「多くの病院は医師の正確な労働時間を把握できていない。労働と自己研鑽の区別がつきづらく、『時給1000円』で長時間勤務するようなこともある。医療の質を保つためには、AI診断など新しいテクノロジーの導入が効果的だ」という――。
疲労した女性看護師
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睡眠不足の医師が手術を行うのは当たり前だった

医師の働き方に、読者のみなさんはどのような印象を持っているでしょうか。もしかすると、国から守られた、安定した環境の中で粛々とタスクをこなしているようなイメージかもしれません。

しかしながら、実態はそういった世間一般のイメージとは大きくかけ離れています。1980年代にさかのぼりますが、米国では、救急外来で20時間以上のオーバーワークを続けた研修医が、医療過誤を引き起こし、18歳の女子学生の命奪うという事件が起こりました(Libby Zion事件)。

米国では、この事件をきっかけに研修医の労働時間が大きく見直されました。ところが、日本の医療現場では、当直明けで十分な睡眠もとっていない医師がそのまま日中の外来や手術を行うことは、つい最近まで、ごく当たり前の光景でした。

考えてみればとても恐ろしいことです。大げさではなく、医師の健康状態は、患者の命に直結するわけですから、医療現場の働き方は、本人たちだけではなく、患者たちにとっても重大な問題なのです。

タイムカードすら導入されていない

ところが、こうした実情はそもそもきちんと把握されていないのが現状です。

2019年に厚生労働省が行った調査によると、省が定める時間外労働時間の年間上限である1860時間を超えた医師をかかえる病院は、全体のわずか1割となっています。大学病院を含め、3つの病院を経験した筆者の肌感覚からしても、これは明らかに事実とは異なる数字です。

いったいなぜここまで実態とかけ離れた数字が出てくるのか……。

その原因は、「勤務管理」にあります。調査以前に、そもそも多くの病院は医師の正確な労働時間を把握できていないのです。

筆者がかつて勤務していた病院では、医師の出勤簿は出勤日の欄に印鑑を押すだけで、タイムカードなどは使用していませんでした。さらに、時間外労働は施設ごとに上限が決められており、認められるのは自己申告の一部、上限を超えた分は切り捨てられるというありさまでした。

これでは、正確な労働時間は測りようがありません。

最近でこそ労働実態の把握のためタイムカードやICカード、勤怠管理システムなどの導入が進められていますが、他の業界と比べて、労務管理がまだまだ遅れていることは明らかでしょう。