未知の感染症に対応するためにどんな医療技術が必要か。大阪大学感染症総合教育研究拠点の拠点長・特任教授の松浦善治さんは「感染症が出てからワクチンを作る今までの感染症研究では、後手後手に回ってしまう。ぼくたちはワクチンではなく、あらかじめ治療薬を用意しようと考えています。2050年くらいまでには、そうなるだろうと思います」という――。

※本稿は、中村尚樹『最先端の研究者に聞く 日本一わかりやすい2050の未来技術』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

Covid-19のウイルスや細菌から保護するために、誰もが家を出る前に人工呼吸器を着用する必要があります。
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ウイルス感染症は、いずれまた現れる

人類はこれまで、生存のための様々な苦難を強いられてきた。そのひとつが、感染症との闘いである。

記録に残る最古の感染症として、紀元前12世紀のエジプトを統治したラムセス五世のミイラから、天然痘に特有のアバタのあとが見つかっている。天然痘は古くから世界各地で大流行を繰り返してきた。日本では奈良時代に地震や飢饉に加え、天然痘の大流行による社会不安を鎮めるため、聖武天皇が東大寺の大仏を建立したことでも知られる。14世紀のヨーロッパでは、黒死病として恐れられたペストで、人口の三分の一が死亡したとされる。そのほか、マラリア、コレラ、結核など、人類は致死性の高い感染症との闘いに苦しんできた。

しかし、天然痘には人類初のワクチンとして1796年、イギリスのジェンナーが種痘開発に成功し、WHOは約200年後の1980年に天然痘の根絶を宣言した。1943年に発見された抗生物質のストレプトマイシンは、細菌感染症の治療に絶大な効果を発揮し、日本では国民病とも呼ばれた結核の特効薬として多くの人の命を救った。このストレプトマイシンなどの抗生物質の出現で、ペストも今では稀な感染症となってきている。

「どうして日本ではワクチンができないんだ」

「ぼくがまだ学生の頃、21世紀には感染症はなくなると、微生物の教授から教わりました。しかし、全然なくならないですね。これだけ科学が進歩しても、人間がこんなにも感染症に弱いという社会の脆弱性を露呈しました」

そう語るのは、大阪大学感染症総合教育研究拠点の拠点長・特任教授の松浦善治だ。新型コロナウイルスに対するワクチン開発で、欧米に大きく後れをとった日本の現状について、感染症の専門家である松浦は憂慮する。

「日本は『インフラも充実していて、きれいな国だから大丈夫』という、まったく根拠のない自信があったのですね。だから感染症の研究自体が軽んじられて、研究者が育っていない。パンデミック(世界的大流行)が起こったとき、人もいないし、お金もない。『どうして日本ではワクチンや薬ができないんだ』と言われても、『それはできません』と言うしかない。研究者が有能とか無能とか、そういう問題ではないのです」