損得を判断軸にしてはいけない理由

例えば、「社長についたら、管理職グループから爪弾きにされる」「管理職グループにつけば、上ににらまれて出世に響く」といった軸で判断しようとする。さらにはこの場合、クーデターに参加すれば「会長派」、参加しなければ「社長派」と見なされるでしょうから、「どちらの派閥につけば有利か」といういやらしい読みも働くかもしれません。

しかし、会社の中核を担うミドルリーダーであれば、判断軸はあくまで「事業の継続性や長期的な成長につながるか」であるべきです。そして、事業や組織を持続的に発展させるために、会社の仕組みや意思決定プロセスはどうあるべきかについて、「自分が社長だったらどうするか」を考える。それを自分の判断軸とすべきです。

「社長のやり方は、自分が考える『会社のあるべき姿』とは違う」と判断するのか、「自分が社長でも同じやり方をする」と判断するのか。そこをまず見極めるべきです。

物事を変えたいなら「批判」より「提案」

「自分ならこうする」という提案がないまま、「社長のやり方が気に入らない」という感情だけで動くのであれば、それは単なるクレーマーです。「学級委員長が気に食わないから、担任の先生に言いつけてやろうぜ」と考える小学生と変わらないレベルの話であり、クーデターと呼ベるほど大層なものではありません。

木村尚敬『修羅場のケーススタディ 令和を生き抜く中間管理職のための30問』(PHPビジネス新書)

よってこの場合、そもそも「クーデターに参加すべきか、否か」を問いとすること自体が無意味です。ビジネスパーソンが物事を変えたいなら、「批判」より「提案」が必要です。

目の前にある課題に対し、「自分なら具体的にこのような改善や改革をする」と言えるものがなければ、たとえ会長に直訴したところで、何かが変わるわけではありません。

批判をするのは簡単です。しかし「自分ならこうする」というポジションを取らない限り、他人を批判する権利はないと私は考えます。

企業経営や社会課題における重要な判断は、トレードオフの二択を迫られることがほとんどです。一方を立てれば、もう一方は立たず、全員賛成の答えは存在しません。