ポストM&Aで問題になるのは、M&A直後から新社長が就任するケースだろう。特に買い手企業からの出向や、外部から新社長を招聘するケースでは、従業員が「知らない人がいきなりやってきた」と警戒し、「まずはお手並み拝見」とばかりに少し距離を置いて傍観することがある。このような状況は、新社長にとってマイナスイメージからのスタートといってもいいだろう。
適切なこと(Doing right things)を、適切なやり方(Doing things right)で、適切な人(Right Person)が実行しないと成果が出ないのがポストM&Aである。新社長が人間力やリーダーシップを発揮し、このマイナスの状況を早期に、かつ上手にプラスの状況に転じさせてこそ、ポストM&Aのプロセスが成功に向かって動き出すのである。
では、どのような人材であれば、従業員の心をつかむことができるのか。我々日本PMIコンサルティングでは、これまでサポートしてきた案件からM&Aを成功に導いた新社長の言動を具体的に洗い出し、そのポイントを帰納的に抽出してみた。それによって、「M&A巧者」には3つの共通点があることがわかった。
M&A巧者の共通点1:お金の使い方を知っている人
1つ目は、「お金の使い方を知っている人」である。
M&Aの売り手企業には、業績が頭打ちになっている、あるいはいまは伸びているものの将来に不安をもっているという企業が少なくない。純粋な事業承継型ではない場合は、その状況を打破するためにM&Aを選択しているのであり、当然といえば当然だ。
例えば、将来に不安があってM&A(売却)を実行したが、現時点での業績は好調で、利益も出ている売り手企業があったとしよう。買い手企業から送り込まれてきた新社長の多くは、「新天地で新しい出発だ」「やるからには結果を出すぞ」と意気込んでいる。ある意味、興奮状態といってもいい。
そんな折、就任直後に売り手企業のコスト構造を分析して、交通費や交際費が自社(買い手企業)やベンチマーク(同業他社)よりも若干高い水準にあることを発見した――。
そのような場合、この新社長はまず間違いなく、「経費削減」の施策を打ち出すことだろう。いま以上に利益を増やすためには、コストカットは手っ取り早いし、何より「正しいこと」だからだ。しかし、社内の反応はどうなるだろうか。
従業員はまだ、お手並み拝見のスタンスで新社長を眺めている状況である。そのような状況において、従業員の反応は「新社長が、就任1週間で経費削減を打ち出したぞ!」というものになるだろう。
これでは、飛んで火に入る夏の虫、ではないか。従業員の気持ちとしては、いままで認められていた経費が認められなくなり、古い設備や備品を新調することもできないという不満と、「新社長は自分たちをいじめにきたのか」という反発しかないだろう。
「正しいこと」であっても、「正しいやり方(この場合は新社長が売り手企業の従業員との信頼関係を築いたうえで経費削減の必要性を説き、従業員を納得させてから実行)」で行うのでなければ必ず問題が起こるものなのだ。