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他にも、従業員の懐に飛び込むためのチャンスはある。

わかりやすいのが、食事会や飲み会である。仕事を離れたカジュアルな場では、従業員の警戒心も自ずと解けていくものだ。そのような席であれば、オフィスや工場では聞けなかった本音が飛び出す可能性もある。

M&A巧者には、このような「オフサイト」、つまりは仕事から離れた場所での会合を上手に活用する人が少なくない。特徴的な事例をひとつ紹介しよう。あるシステム会社のトップに就任した6代目の新社長のケースだ。

従業員との食事会のための店選びや手配は、普通であれば秘書任せか、社長によっては従業員に丸投げするだろう。ところが、その新社長は、店をすべて自分で選び、予約の電話も自らかけていたのだ。

この新社長は大変な食道楽で、東京の銀座に行きつけの料理屋を何軒ももっていた。それらの店に従業員たちを連れていくのだ。新社長自身が気に入って通っている店を、惜しげもなく開放したことで、自分たちは大切にしてもらえている、という思いが従業員のなかに生まれたことは、想像に難くない。

M&A巧者の共通点3:要求を遠慮なく伝え、明確に求める

M&A巧者の3つ目の共通点は、「自分のリクエストを遠慮なく伝えることのできる率直な人」である。

M&Aでもっとも注意しなければならないのは、買い手企業の「上から目線」だ。しかし、そのことを意識するあまり腰が引けてしまい、言うべきことまで言わずにいてよいのかといえば、それは違う。何も言わないのなら、いてもいなくても同じである。変えてほしいことがあるなら、臆せずに伝えなくてはならない。

もっとも、M&A巧者が言いたいことを言えずに躊躇している場面は見たことがない。なぜなら、彼らのなかには明確な成長シナリオと、そのためには売り手企業がどう変わっていかなければいけないのかという、はっきりとした青写真があるからだ。そのため、従業員へのリクエストも、それこそ個人ごとに、具体的にイメージできているのである。

また、M&A巧者は、人間関係ができていない相手に対しては、そのようなリクエストを絶対に口にしない。新参者の自分が正論を吐いても、誰も言うことを聞かないと知っているからだ。

だからこそ、まずは作業服を新調する。陰に陽に従業員からの話に耳を傾ける。自分で店を予約して食事に誘う。そこまでの土台づくりをして、自分が描いている未来への成長シナリオと従業員に対する期待を伝える。そのうえで最後に、従業員へのリクエストを伝える。

このような社長の思いと、それに応えようとする従業員がいれば、それだけでポストM&Aは半分成功したといってもいいだろう。