自分の仕事に自信が持てなくなったとき、心ある人と出会い、その人の一言に救われ、新たな一歩を踏み出せることがある。多様な経験や深い知見を持っている大人は、自分より若い世代と相対するとき、自身がその年齢だったころを振り返り、年齢を重ねたからこその助言を与えれことができる。何気なく発せられた言葉が、大きな気づきにつながることがある。若者たちを思いやり、勇気づけ、力を与える、そんな大人の実例を紹介しよう――。
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大切なのに目立たない、裏方の仕事

今からお話するのは、ホテルで働く人と客とのエピソードだが、あらかじめ伝えておきたいのは、サービス業には過酷な一面があるということだ。多くの人が楽しいときを過ごす週末、恋人同士が一緒に過ごすクリスマス、家族と迎える年末年始……。こんなときこそ、サービス業にとっては書き入れどきであり、そこで働くスタッフたちは、心情とは裏腹に、いつも顧客を笑顔で迎えなければならない。

ホテルで働くスタッフには、ドアマン(ホテルの玄関に立ち、顧客の出迎えや見送り、タクシーの誘導などを担当する人)やベルボーイ(荷物を客室に運んでくれる人)、フロントスタッフやコンシェルジュ(顧客が求める情報を提供し、地元のレストランや観劇用チケットなどの手配をしてくれ、快適なホテルライフ提供する仕事)、料飲部門のスタッフやソムリエ、シェフなどがいて、多種多様だ。これらの仕事は、華やかに見える。一方で、客室の清掃をする客室係(ハウスメイドやルームメイドという。彼らの管理者をハウスキーパーと呼ぶ)、電気系統や家具類の修理を担当するスタッフ、電話のオペレーターなどは、大切な部門ではあるが、顧客と直接する機会が少ないため、裏方の業務と言える。裏方の一員にホテルのパブリックスペース(ロビーや通路、エレベーターホールなど)や化粧室(トイレ)を清掃するスタッフがいる。

語りつがれる首相のエピソード

一流と呼ばれるホテルの化粧室には、ペーパータオルはもとより、ハンドタオルも用意されている。宴会場やロビーに隣接する化粧室は利用者が多く、清掃係が頻繁に掃除をしていても、洗面台の多くはすぐに水浸しになる。激動の昭和に外務大臣から総理大臣まで務めた吉田茂という人がいた。吉田氏が洗面所で手を洗った後、洗面台に飛び跳ねていた水滴を見て、自分のハンカチを取り出して拭いた。ホテルのスタッフが清掃係を呼ぼうとしたところ、吉田氏は「洗面所を使い、手を洗った後に、自ら洗面台を拭くのは当然だと考える常連客がいることこそ、一流ホテルかどうかを判断する証ではないだろうか」と答えたという。上質な服を身にまとい、高級車に乗ってホテルを利用しようと、こうした対応ができなければ一流の顧客とは呼べない、と指摘したわけだ。また、お金を払えば何をしても許されると勘違いしている人間への戒めでもある。