※写真はイメージです(写真=iStock.com/mr_andersson)

「君の仕事は、とても大切な仕事です」

外資系5つ星ホテルの洗面所をある経営者が利用した折、いつものように手を洗った後、ペーパータオルで洗面台を拭いた。そのとき、隣に若い男性の清掃係が掃除をしていた。多くの客は、彼に気にとめることなく出て行ってしまうが、その経営者は、声を掛けた。

「洗面所を綺麗に使う人が少なくて大変だろう。君がしてくれている掃除の仕事は、ホテルを快適に利用する上で、とても大切な仕事です」

その言葉を聞いて、男性スタッフの目は輝きを増した。自分の職務に誇りを持ち、熱心に取り組む姿を見て、感謝の気持ちを口にできる大人は、若者を大いに勇気づける。

「見積もりだけでも、取ってあげなさい」

オフィス用のレンタル玄関マットをセールスするため、男女2人の営業が法人に飛び込み営業(面識のない顧客のところに訪問して営業活動を行うこと)をしていた。天候が急変し、突然大雨になった。営業車で巡回していても、車を降りて訪問先に行くころには、傘をさしていても濡れてしまうものだ。どの企業からも、そっけなく断られる中、ある企業にたどり着き、受付に総務の担当者が出てきた。

「レンタルの玄関マットをおすすめしています。拝見したところ、D社さんの商品をお使いのようですが、弊社ならもう少し価格もお手ごろにできると思います。一度ご検討いただけないでしょうか」

「ご覧になったように、弊社ではすでに他社のマット……」と担当者が口にした折に、たまたま通りかかった経営者が総務に声を掛けた。

「キミは大雨の中を、彼らのように飛び込み営業をしたことはあるかい? 彼らはズブ濡れで、きっと靴にも水が入っているだろう。営業をしたことがある人間なら、彼らの心情は手に取るようにわかる。見積もりだけでも、取ってあげなさい」

いつまでも記憶に残る人

その言葉を聞いて、2人の営業担当者の目は輝いた。後日、その営業パーソンたちが勤務する会社から見積書が届き、D社よりも条件のよい内容だったため、玄関マットは採用されることになったそうだ。

この経営者は起業する前、自身も営業を行っていた。雨の日も、雪の日も、真夏の炎天下でも、営業は取引先を回らなければいけない。ルートセールス(巡回先が決まっている営業活動)と違い、飛び込み営業は成約率が極めて低く、担当者の意欲はそがれがちだ。そんな中で、話だけでも聞いてくれた人や、何百と断られた中で成約に繋がった取引先は、いつまでも記憶に残る。