現場の従業員に、繰り返し聞く

新社長自身には成長の青写真が見えているとはいえ、そのストーリーの実現に向けて、具体的な方策や実現可能性は担当者に聞いてみないとわからないということもあるだろう。

ゲーム会社の再建を任されたある新社長は、週に一度、開発担当者を食事に誘って徹底的に質問を繰り返した。この新社長もまたM&A巧者である。

その新社長はある仮説をもち、それを実現させることで、M&A後に驚異的に売り上げを伸ばした。その仮説とは、「この会社は、ゲーム課金のストラクチャー(仕組み)を変えれば伸びる」というものだ。しかし、最初からそのような仮説があったわけではない。

新社長自身が、それほどゲーム課金の仕組みやアプリケーションといった技術に詳しいわけではなく、新社長就任時は、売り手企業の売り上げが停滞していたことはわかっていたものの、何をどのように変えればよいのかという具体的な答えまではもっていなかった。また、その目論見が的を射ているのかどうかについても、一抹の不安を抱いているような状況であった。

そこで、どうしたかというと、具体的な方策は現場の従業員がいちばんよくわかっているという前提で、開発部門のマネジャーを質問攻めにしたのだ。

ただし、昼間の開発会議で質問するのではなく、リラックスして話せる食事会で、「ゲーム課金の仕組みを変えられると思うか」「どう変えたら面白いと思うか」と繰り返し聞いた。従業員がひとつのアイデアをしゃべり終わった後は、「それ、面白いねぇ」とアイデアを褒めちぎり、一息ついたら「もっとない?」と、さらに質問をした。

これを、一度飲みに行って5時間、5週間つづけて繰り返したところ、最後には新社長が質問する前に、自分からアイデアの全貌を話してくれるようになったという。

オーナー経営者の強いリーダーシップで伸びてきた中堅・中小企業では、従業員がいつのまにか受け身になり、主体性を失っているケースがある。

そのような場面で新社長に求められるのは、わからないことは誰にでも質問できる率直さである。さらには、従業員に煙たがられるのではという恐れを捨て、「何かいいアイデアはないか」と粘り強くソリューション(解決策)を求めていく姿勢だ。

新社長に、売り手企業はもっとよくなる、成長できるという期待と信念があれば、ポストM&Aにおいて遠慮は無用である。

図表作成:山口弘毅(yamaguchi koki design office)
竹林信幸(たけばやし・のぶゆき)
株式会社日本 PMIコンサルティング 取締役
大手生命保険会社、国内外コンサルティング会社などを経て、日本M&Aセンターに入社。「シナジー効果を享受するまでがM&A」との信念に基づき、日本における中堅・中小企業向けのポストM&A=PMI(合併、買収後の経営統合)のプロセスの体系構築、サービスの導入に尽力。2018年、日本M&Aセンターの100%出資である日本PMIコンサルティング設立(設立時の社名は日本CGパートナーズ)に伴い、取締役就任。著書に『日本型PMIの方法論 中堅・中小企業を成長させるポストM&Aのプロセス』がある。
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