※写真はイメージです(写真=iStock.com/Jacob Ammentorp Lund)

支出を減らすのでなく、あえて増やす

それに対し、M&A巧者の新社長はどうするか。彼らの場合は、支出を減らすのではなく、ここであえて支出を増やすのだ。まさに「損して得とれ」を地で行く経営だ。

ある新社長は就任直後、従業員へのアンケートを行い、「作業服と作業靴がぼろぼろなので、何とかしてほしい」という要望に対して、すぐに新品を支給した。また、昼食補助や資格手当などの制度を社長の裁量で変更し、次月には新制度の運用を開始した。

企業規模や施策の種類にもよるが、予算が100万円あればできることはたくさんある。しかも、額は小さくても、こうした「小さな施策」をうまく繰り出すことで、抜群の効果が生まれるのだ(こうした「小さな施策」は「クイックヒット」や「クイックウィン」と呼ばれるものである)。

長らく停滞感を抱いていた従業員にとっては、「会社がいい方向に変わりそうだ」と、M&Aを好意的に受け止める特効薬になる。そればかりか、職場環境や手取りの収入が目に見えて変わることで、モチベーションも高まる。

従業員のモチベーションとは、いうなれば、企業の生産性における先行指標である。モチベーションの変化が、生産性にポジティブな影響を与えるからだ。

デューデリジェンス(買収監査)をはじめ、M&Aの準備のためには予算が用意されても、M&A成約後のポストM&Aには予算がつかないケースも少なくない。ポストM&Aのための予算をもたない新社長から「100万円でも予算は予算だ。投資したいのはやまやまだが、自分は業績回復のミッションを担っている」という声が聞こえてきそうだが、就任直後に無理をして業績回復を目指すのは得策とはいえない。

しばらくは従業員のモチベーションを高めるために、多少の費用をかけてポストM&Aのプロセスを軌道に乗せる。その結果、業績の伸長が翌年度以降にずれ込んだとしても、中長期的には大きな利益が得られる。

仮に、自分のお財布をもっていない場合は、上司(買い手企業のトップ)に直談判して予算をとりにいけばいい。M&Aを成長戦略のひとつとして位置づけている視野の広いトップであれば、必ずや理解を示し、売り手企業に送り出す新社長の上着のポケットに、そっと100万円を入れてくれるだろう。