罪を犯した人が、裁判で判決を受け、その刑に服する。それ自体はとても重要なことです。けれど、それだけでは不十分なのです。万引きによる社会的損失は止められませんし、盗んでいる本人たちもやめられずに苦しいままです。
アメリカでは薬物事犯者を、通常の裁判ではなくドラッグコート(薬物裁判所)といわれるところで扱います。処罰ではなく、プログラムを受けさせることで依存状態を改善し、再犯を防ぐことを目的とした司法システムで、近年では、治療的司法(TJ:Therapeutic Justice)といわれるものです。
「DUI(Driving Under the Influence=飲酒や麻薬の影響下での運転)コート」もあります。アルコールの問題がある人による飲酒運転が社会問題となっている国のいくつかでは、処罰ではなく半年から1年のプログラムを強制的に受けさせることを義務づけています。
ドラッグ、アルコール……物質依存の代表選手です。万引きは、行為・プロセス依存のなかでもこれから増えていくに違いない依存症の代表格です。この治療的司法を応用できることは間違いがありません。
万引き依存症には専門教育プログラムがない
とはいえ、いまの日本社会にそのシステムが根づいていないことは厳然たる事実です。刑務所の中にも外にも、治療と教育を長期間、継続的に受けられる仕組みがありません。
性犯罪や薬物犯罪には、刑務所内で特別改善処遇といわれる教育プログラムがあります。それがどこまで徹底されていて、効果を出しているかという議論はさておき、プログラムがあるということは、「ここを出たら同じことをしないように」というメッセージを発していることにもなります。
万引きを繰り返す人たちには、どこにおいてもそういう専門的な教育プログラムがほとんどない。であれば、社会のなかで行うことが求められます。刑務所を出たあとの彼らは、社会のなかで生きていく存在だからです。
精神保健福祉士・社会福祉士大森榎本クリニック精神保健福祉部長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなどさまざまアディクション問題に携わる。その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践・研究・啓発活動を行っている。著書に『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)などがある。