飲んだら負けと誓う人が、なぜ「気づいたら飲んでいた」のか
裁判傍聴をしていると、アルコール依存症の被告人にときどき遭遇する。
アルコール依存症は病気であって犯罪ではないので、酒を飲んで逮捕されることはないのだが、それが原因で事件を起こす人がいるのだ。
酔っ払ってケンカをする。店で暴れる。ときには泥酔の末、殺傷事件を起こすこともある。酒のせいで理性が吹き飛んでしまうわけだが、自分のしたことを覚えていないことも多く、巻き込まれるほうはたまったもんじゃないのである。
法廷で被告人がよく口にするのがつぎの言葉だ。
「気がついたら飲んでいました」
「そんなわけはないだろう」と心の中でツッコミたくなるが、何度も聞かされると、本当にそうなんだなと思えてくる。
アルコール依存症の自覚がある人は、酒を断つことの難しさを知っている。多くの被告人も、酒がうまいとか酒の席が楽しいといった安易でルーズな理由で飲むのではない。むしろ逆だ。
もともとは、自分は一滴でも飲めば連続飲酒してキリがなくなり、何をしでかすかわからないから、飲んではならない、飲んだら負けだと心に強く誓っているのだ。しかし最終的には、「気がついたら飲んでいた」という事態に陥る……。
▼アルコール依存の営業マンが「中づり広告」を見ない理由
もう10年近く前になるだろうか。まさにそんな事例の裁判があった。被告人は営業マンで、暴力事件の裁判だった。
その被告人は、半年ほど前に酒を飲んで同僚を殴ったことがあった。裁判沙汰にはならなかったものの、会社に居づらくなって辞表を提出。転職後は、アルコール依存症であることを自覚し、酒に近づかないように注意しながら生活していたという。
自分は下戸だとうそを吐き、会社の飲み会などには絶対出ない。上司に誘われても口実を見つけて断る。飲まなくても参加するくらいいいじゃないかと言われても、かたくなに拒否する。
たとえその場はガマンできたとしても、飲みたいという気持ちに火がついたら終わりだと考えていたからだ。同僚から付き合いの悪い男と思われてもかまわなかった。
誘惑を断つため、家にはテレビも置かない。うっかり酒のCMを見てしまうかもしれないからだ。通勤電車では読みもしない文庫本から目を離さないようにしていた。
「酒の中づり広告ってやたらと多く、飲め、飲めと言われている気がするんです」