人生、一寸先は闇という。前途洋々なエリート医師が、過酷な仕事の影響で病気にかかり、その影響で離婚を余儀なくされ、貧困に陥り、あげくの果てに逮捕される。その裁判を傍聴したコラムニストの北尾トロさんが裁判官の「まさかの判決」から得た、生き方・働き方の教訓とは――。

なぜエリート医師は生活保護を受け、のちに逮捕されたのか

*写真はイメージです。写真=iStock.com/Casarsa

無免許運転で捕まって罰金刑を受けたが、無免許のままクルマを所持。再び無免許運転で捕まって御用となった事件。被告人は40代半ばの男性だ。事故を起こしたわけでもなく、「単純な道路交通法違反だろう」と傍聴したら、金と仕事を巡るシビアな現実を思い知らされる結果となった。

無免許運転の理由は、「生活に困窮していたから」だという。被告人は生活保護を受けており、経済的な余裕はまったくない。だが、離婚した元妻との間に小学生の子供が2人おり、互いに一人ずつ養育しているので、離婚調停で定期的に子供たちを面会交流させる義務を負っている。

往復の電車賃を支払う余裕がないため、居住地の千葉県から妻たちが住む都内までの送り迎えを車で行っていたという。元妻が送り届ければよさそうだが、仕事が多忙で、被告人のところまで子供を送迎することは不可能だという。

被告人は数年前から免許を失効中だった。それなのにクルマを所持していたのはなぜなのか。この疑問に答えたのは証人として出廷した被告人の父親だった。

「息子は1型糖尿病(膵臓(すいぞう)のインスリンを出す細胞が壊れてしまう病気)による神経障害を発症し、足のしびれや痛みがあるため、歩くのが困難な状態です。小さな子供が走りだしても追いかけることができない。そこで、送迎や日常の買い物などに使えるようにと、私がクルマを買い与えました。まさか免許を失効しているとは、今回の事があるまで知りませんでした」

被告人は足を引きずるように歩いていたが、理由はそれだったのだ。糖尿病1型は、自分ではインスリンが分泌できなくなるため、1日に4度、インスリン注射をしないと命にかかわる重い病だ。

▼多忙な研修医時代にうつ病にかかり離職、そして糖尿病に……

さらに驚いたのは、被告人が医師の資格を持っていること。

研修医として救急病院で働いていたときに、うつ病を発症して離職し、その後糖尿病になったらしい。医師になるためにたくさん努力をしただろうに、さあこれからというところで心や体の病に。そこに離婚も加わり、経済的にも追い込まれた状態で、刑事事件の被告人にまでなってしまったということか。無免許運転は良くないことだが、これは同情してしまう。