元不動産会社社員の50歳係長。会社の事務処理の盲点をついて、253万円を懐に入れた。ところが自身のパワハラが原因で、不正が発覚。退職金もパーになってしまった。それでも裁判で憎らしいほど落ち着いた態度を崩さない。なぜ係長は不正に走ったのか――。

253万円を懐に入れた元係長はダブルのスーツ

東京地裁で開廷表を見ながらビジネスに関係しそうな事件を探していたら「背任」という罪状が目に止まった。

「背任」は「横領」とともに、ビジネスマンが仕事上でやらかす犯罪の代表的なものだ。「背任罪」について刑法にはこう書かれている。

刑法 第247条
他人のためにその事務を処理する者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、本人に財産上の損害を加えたときは、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
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一方、「業務上横領罪」は「業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の懲役に処する」(刑法253条)とある。2つの違いは諸説あるが、「横領罪」のほうが罪が重く、メディアの注目度も高い。この事件もおそらく新聞記事にはなっていないだろう。

▼憎らしいほど落ち着き払っている理由

被告人席に座っていたのは、ダブルのスーツを着たかっぷくのいい男性だった。年齢は50歳。不動産会社の会社員だったが、現在は解雇されており、裁判時の職業は「コンサルタント業」だという。保釈中のため身なりはきちんとしている。

法廷での被告人は、一般的に不安な表情を浮かべていることが多い。しかし、この被告人は憎らしいほど落ち着き払っている。容疑を否認する覚悟ができているか、神経がずぶといかのいずれかだろう。

開廷が告げられ、検察官が起訴状を読み上げた。事件の概要は以下の通りだ。

<A不動産会社に勤務する被告人は、引っ越しに伴うエアコン取り付けなどの業者に顧客を紹介するといった業務の部署の係長。その立場を利用し、紹介された業者がA社に支払うあっせん料についての契約書を作る際、被告人が経営するコンサル会社(B社)を振込先に指定し、21回にわたり、合計253万円をだまし取った>

被告人は罪を認め、A社に全額を返金し、示談が成立しているという。通常、企業は社会の不祥事が裁判沙汰になるなどして明るみに出ることを嫌う。にもかかわらず、告訴に踏み切ったのは“見せしめ”の意味が強いのだろう。「当社は悪事をウヤムヤにしません」という、社内外向けの意思表示である。