会社に「干されていた」被害者意識で背任行為
なぜ、被告人は253万円をだまし取ろうとしたのか。
目的は2つあった。ひとつは金銭的な利益を得ることだ。1回あたり約12万円の収入を、自ら経営する会社の運転資金の足しにしていた。もうひとつは、クレーム対策だったという。被告人の業務ではときおり顧客からのクレームがあり、たいていはA社が弁償することになるのだが、事務処理が複雑な上、担当者である被告人の失点になるため、数万円程度のことなら自腹で弁償するほうが良く、そのための資金が欲しかったという。
法廷で被告は悪びれることなく述べた。
「自分はA社で干されていると感じていました。いずれ辞めさせられるだろうと思っていましたので、その前に少しでもB社の資金を増やしておきたかった」
おそらく何か問題があって出世街道から外されたのだろうが、自己中心的な被告人は「自分を干して窓際族のような扱いをした会社が悪い」とでも言いたいように見えた。ゆがんだ被害者意識が本人を不正に走らせたのかもしれない。
▼会社の事務処理の盲点をついた
この事件のキモは、契約書作成のプロセスだ。
被告人はどのようにして、A社や取引先をだますことに成功したのか。その手口は驚くほどカンタンだった。あっせん手数料を、A社ではなく、被告人が経営するB社に振り込むと明記した契約書を作ったのである。ポイントはその契約書が偽物ではなく、A社の責任者の印が押された正規の書類ということだ。検察がダブルのスーツに向かって言う。
「あなたは部署内の決裁用に、支払先がA社となっている原案を作って印をもらった。そして、それが通ると支払先をB社に変更した正式書類を作り、社内決裁ではこの偽契約書を提出して社印をもらった。だから業者も怪しまなかったし、A社もB社を怪しまなかったということですね」
A社では部署で「決裁済みの書類」をろくにチェックせずに通すことが慣例化しており、被告人はそこに狙いをつけたのだ。書類の改ざんは、きちんと確認すればすぐわかるレベルのもので、被告人も万が一バレそうになったときは本来の書類に戻すつもりだったとうそぶく。
被告人は、A社が副業を禁じていたにもかかわらずB社を設立し、口八丁でA社にその存在を認めさせた“悪い実績”があり、怪しまれてもなんとかなるだろうと甘くみていたらしい。
A社の経理部門も金額的にもたいしたことのない決裁書だけに、部署の承認を得ているならばそのまま通すという風潮があったらしい。不正が発覚すればクビになるようなことを社員がするはずがないという油断もあっただろう。このようにして、被告人のたくらみはまんまと成功。偽契約書に社印が押されてしまったわけだ。