背任とは別のパワハラで解雇され、退職金もパー
シンプルな嘘はバレにくい。
正式のものとなった書類は効力を発揮し、よほどのことでもない限り再チェックされない。業者は疑わないし、部署内でも処理済みの案件となった。共犯者はおらず、B社の通帳を持っているのは被告人本人だ。あとは目立たない頻度で業者に仕事を発注すれば、B社に入金されていく。
仮にバレたとしても、会社が自分をとがめれば、社印まで押した上司の責任問題ともなりかねず、なんとか切り抜けられるのではないかと楽観的に考えた。当時の状況を説明する被告人の舌は滑らかだ。
「B社に振り込まれた金は、事務所家賃に充てたり、生活費として使ったりしていました。業者はA社の支持された口座に振り込むだけなので疑うはずがありません。業者からの手数料については私が管理する立場にあったので、A社に知られる心配もありませんでした」
▼口だけ「迷惑をかけ、反省しております」
すべて計画通りに運んだはずの背任行為だが、意外なことから2年後に発覚してしまう。
被告人である50歳の係長は同僚に対する暴言の数々が悪質なパワハラ行為とされ、懲戒解雇されたのである。ところが、どこまでも身勝手な被告人は会社の判断に激怒。検察官もあきれ気味だ。
「あなたはね、金をだまし取っただけではなく、さらにA社から退職金をもらおうとゴネたそうじゃありませんか」
欲張りすぎたことが裏目に出た。一顧だにしない被告人の不遜な態度に不信感を抱いた会社は、もしやと思い、過去の仕事を精査した。すると、今回の件が明るみに出たのである。被告人はそれで、退職金を渋々あきらめ、背任で得た金を返金して示談となった。
「A社に迷惑をかけ、反省しております」
そう口では言う被告人だが、言葉とは裏腹に、早速やらかしている。退職後、B社のパンフレットに、A社での実績(もちろんいい部分だけ)を掲載。削除を求められても応じず、怒り心頭に発したA社はすでに示談の成立した事件(背任行為)についても告訴したのだった(編集部注:弁護士などを通じ、捜査機関に対し元係長の犯罪事実を申告し、元係長の処罰を求める意思表示をした)。
求刑は1年6カ月。執行猶予がつくのは間違いないだろうが、B社の将来は明るくないだろう。、被告人は被害者(A社)の信頼を裏切ったばかりでなく、パワハラをしてクビになったというのに、法廷の態度から反省の素振りは見られなかった。こんな調子では、ビジネスの基本である信頼と信用を得ることは難しいと思う。B社がなんとかやってこれたのは、A社での実績をアピールしてきたからという面が強い。
しかし今後はA社の看板を利用することができなくなる。そうなったとき、被告人は自分自身のちっぽけさを思い知らされることになるだろう。要領の良さとズル賢さで得た“得”は、それがバレたとき、台無しになるばかりか、将来に大打撃を与えかねないのだ。
その意向に逆らって自己の利益を追求しようとした結果、ビジネスをする上でもっとも大切な“信用”を失ってしまったのだ。