※本稿は、斉藤章佳『万引き依存症』(イースト・プレス)の第4章「なぜやめられず、エスカレートするのか」を再編集したものです。
盗んだ側が、被害者意識に苛まれる
嘘つきは泥棒のはじまり――みなさんも子どものころからたびたび聞いてきたと思います。嘘をついたとき、そう大人から説教された経験がある人も多いでしょう。
ところが、実際はその逆なのです。
「泥棒は、嘘つきのはじまり」
私はクリニックで万引き依存症者とその家族と接しているうちに、そう確信するようになりました。
生まれながらの嘘つきはいません。
みなさんもこれまでの人生、大なり小なりの嘘をついてきたでしょう。そのときのことを振り返ってもらえればおわかりになると思いますが、私たちは何かしら自分にとって不利な状況を切り抜けるために嘘をつきます。処世術のひとつとして、嘘をつくことを学習してきたのです。私もそうして嘘をついたことが何度もあります。
万引き依存症の人が嘘をつくのは、「なぜ盗ったのか」と問い詰められたときです。トリガーが引かれれば条件反射的に盗ってしまう人たちに、「なぜ」も何もありません。けれど、家族からそう問い詰められれば、無理にでも答えなければ納得してもらえません。
そこで、なんとか考えて「万引きする理由」を作り出すのです。
「なぜ盗ったか」は難しい問い
「お義母さんの介護でイライラしていたから」
「子どもの受験のことで頭がいっぱいで、気づいたら盗っていた」
たいていは、それらしいことを言います。背景には家族の問題があるので、まったく見当はずれのこととも言えません。
しかし、子どもの受験が終わったら万引きが治まるのかというと、依存症である以上、いきなり止まることはありません。実際は受験そのものより、そのことをめぐる夫との関係が原因のひとつだったとしても、それは口に出せません。そして、また万引きをします。結果、夫からすればそれは「嘘をついた」ということになります。
万引き依存症になると、「なぜ盗ったか」というのは、とてもむずかしい問いです。万引きに依存していったきっかけや遠因はあっても、そのときどきには盗む理由というのは特になく、トリガーが引かれ条件反射の回路が作動して盗っただけだからです。その仕組みを本人も理解していない状態だと、余計に説明のしようがありません。
たとえて言うなら、花粉症の人がくしゃみをしたとき、「なぜくしゃみをしたのか?」と聞かれるようなものです。くしゃみは症状です。そこに理由はありません。ですが、何か答えなければその場が収まらない……苦肉の策としての、嘘なのです。