※本稿は、アン・クレシーニ『世にも奇妙な日本語の謎』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
「中止中」の表現に潜むモヤモヤを解明する
数年前のこと。
スーパーで、Go To キャンペーンのポスターを見かけた。コロナで疲弊した国内需要を喚起するために政府が主導したGo To キャンペーン。もはや懐かしい。
当時、コロナの感染者数がふたたび激増していたので、Go To キャンペーンのポスターには「中止中」と張り紙が張ってあり、そのことにものすごい違和感を覚えた。
「中止中」……。左から読んでも右から読んでも中止中。
一緒にいた日本人の友達に「ねえ、この日本語、変じゃない?」と尋ねたが、彼女は「いや……別に?」と不思議そうだった。
私は「○○中」という日本語は「始まりも終わりもある」というふうに学んだ。「外出中」なら、出かけているときもあるし、家に帰って来るときもある。「妊娠中」なら、妊娠した瞬間もあるし、妊娠が終わる日も来る。そして、「出張中」なら出発した日もあるし、戻る日もある。
でも「中止中」という言葉は変だ。何かが中止になっても、復活することはない。
辞書で調べたり、いろんな人に聞いた結果、やっぱり「中止中」はおかしな表現であることがわかった。ここでは「休止中」が適切だ。けれど、やっぱり「中止中」でも十分に意味は伝わるし、私の友達みたいに違和感がない人もたくさんいる。
これと似たような単語は、トイレのドアによく貼ってある「故障中」だ。故障に始まりと終わりはあるのか? 修理をしたら故障している期間は確かに終わるけど、必ず修理ができとは限らないので、「故障」だけでいいのではないだろうか……。
「食事中」「勉強中」「運転中」「会議中」「入院中」。これらは全部、始まりと終わりがあるので、違和感を覚える人はいない。
でも、「私はあなたと結婚中」と言われたら、どうですか? その結婚にはいつか終わりが来るという意味になるから、どんな配偶者でも「結婚中です」とは言われたくないはず!
いずれにせよ、「中止中」と「故障中」を見て違和感がない人は実際いると思うので、「結婚中」を見て違和感がない人も増えるかもしれない。
結局、言葉とはそういうものだ。違和感のある人が少数になった瞬間、言葉のプロから認められなくても、日本国民は暗黙の了解でOKとすると思う。
それがいいことなのかどうか、私は「悩み中」だ。

