トランプ関税はなぜ強行されるのか
トランプ政権が打ち出した関税政策は、世界に大きな波紋を広げている。米国が関税を導入する主な理由は、自動車を例にすれば明らかだ。
外国車に高い関税を課して輸入を減らし、経常収支(ほぼ輸出額から輸入額を引いたもの)を改善しようというのが狙いである。たとえば日本車に25%の関税をかければ、米国内での日本車の価格は当然上がる。そうなると輸出よりも現地生産のほうが有利になり、日本から米国への直接投資が促進されることになる。
輸入関税で国内産業を保護すると、その保護産業に外国から投資が入ってくるため、かえって外国の経済的支配下におかれるという考え方がかつてあった。だが、今やモノの輸入は制限したいが、雇用を生む外国からの投資は歓迎という考え方が一般的である。安倍晋三元首相が第一次トランプ政権との交渉で、日本の自動車産業が米国内でどれだけ雇用をもたらしているかを説明したのも、この文脈に沿っている。
今のトランプ政権を理解するには、伝統的な「市場重視の共和党政権」としてではなく、米国に早く移民してきた白人層――特に労働者階級――が主導する、ある種の排外的傾向をもった政権として見るほうが実態に近い。「ニューヨーク・タイムズ」の最近の記事によれば、トランプ氏が3回の選挙で支持を伸ばしたのは、富裕層や高学歴層ではなく、所得や教育水準の低い地域だったという。これは、「共和党=富裕層」「民主党=労働者層」という既存の構図がもはや当てはまらないことを示している。
かつて製鉄業は「勇ましい産業」の象徴であり、その象徴が火花を散らす「高炉」だった。米国ではピッツバーグがその中心地で、そこには名門カーネギー・メロン大学がある。
余談になるが、私はその大学で「合理的期待仮説」(人々が経済モデルを理解し、それに基づいて将来を予測するため、予測誤差は体系的でなく平均的にはゼロになるという考え方)で学界を沸かせたロバート・ルーカス教授に招かれて研究発表をしたことがある。内容は忘れてしまったが、地元のビール「アイアン・シティ(鉄の街)」のすがすがしい味はよく覚えている。
鉄鋼生産は長らく、鉄鉱石とコークスを使った高炉方式が主流だった。しかし最近は、スクラップ鉄を溶かす電炉方式の導入が急速に進んでいる。高炉時代はピッツバーグが主役だったが、電炉方式ではスクラップ鉄を運搬するコストが課題となる。広大な米国や中国に比べて、狭い日本とその技術にはいまだ優位性があると、元新日鉄役員である私の大学時代の同級生が教えてくれた。このような背景を踏まえると、USスチールの日本製鉄による買収は、単なる日米間の産業競争の話にとどまらず、中国との技術覇権争いを展開する米国にとっても、むしろ戦略的な好機と見るべきである。
この買収については、USスチール自身も前向きな姿勢を見せていたが、バイデン前大統領は一部の労働団体の意見を受けてか、「国家安全保障上の懸念」を理由に反対を表明していた。
執筆時点(5月末)では、トランプ氏がUSスチールを訪れ、演説を行った。日本製鉄の社長と並んで登場した彼は、日本からの投資に友好的な姿勢を強調したが、やはり「国防上の理由」から、経営権の完全な譲渡には明言を避けた。不透明さは残るが、注視すべき点をいくつか挙げておきたい。
第一に、仮に買収が成立しても、経営権が完全に移るとは限らない。トランプ氏が示唆するように、解雇権や経営陣の国籍など、なんらかの制限が設けられる可能性がある。法的には、株式の過半数を取得すれば経営権は移るが、実際には日米双方の経営者が協力して経営にあたる形が求められるだろう。
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