税収増を理由に減税するのは筋違いだ
インターネットの進歩で、私がアメリカに住んでいても、日本の参議院選挙の様子が刻一刻と伝わってくるようになった。今回、自民党と公明党の両党は参議院で過半数を割ったが、党内や野党に石破内閣に代わる明確な後継候補が存在しない以上、政治的には難しい選択であっても、現内閣が政権を維持せざるをえない状況にあるのだろう。
今回の選挙戦を通じて奇妙に感じたのは、インフレ傾向が明らかな中で、財政政策、特に「減税」が、国民の生活支援策として主張されていたことである。私の情報源は限られた海外報道に基づくため、すべてを把握しているわけではないが、インフレや円安といった現状に対して必要な金融引き締めの重要性を訴える候補者は、ほとんど見かけなかったように思う。
この選挙を一つのきっかけとして、経済政策における目標と、それを達成するための政策手段について改めて考えてみたい。
最近、日本を訪れた外国人旅行者から「日本は美しく、安全で、しかも物価が安く、まるでパラダイスのようだ」との感想を聞いた。この言葉には、日本が実質的に「投げ売り」の状態にあるという現実が反映されている。円安のため、経済学の用語で言えば、交易条件が悪化しており、日本が輸出で得たお金で得られる輸入品の量が減少している状態だ。
不況時には、失業や設備の過剰があるため、交易条件の悪化がかえって輸出を後押しし、景気回復に寄与することもある。しかし、現在の日本は深刻な人手不足に直面しており、このような経済では、交易条件の悪化が国民の実質所得減少に直結する。
生活が苦しくなっている人々を守ることは、福祉国家にとって当然の責務である。ただ、現実に進行しているインフレと円安は、多くの国民の可処分所得を確実に奪っている。
物価が上昇すると、名目上の所得も上がり、税率が変わらない限り、税額は自然に増加する。その結果、税収も増える。こうした仕組みは、景気の過熱を自動的に抑える働きを持ち、経済学では「自動安定化装置」と呼ばれる。現在の税収増は、まさにこの装置が正常に機能している結果であり、税収増を理由に減税を行うというのは筋が通らない。
財政赤字は常に悪ではない
物価上昇は、所得の表面上の数字を引き上げても、実質的な購買力を目減りさせる。そしてこの影響は、低所得層に限らず、高所得層にも及ぶ。したがって、物価上昇を抑制することは、単なる福祉政策ではなく、経済全体を安定させるための基本的なマクロ政策である。これを担うのは、中央銀行による金融政策にほかならない。
財政政策については、石破内閣が財務省の意向を取り入れ、財政赤字がようやく縮小してきた状況だ。そのため、これを反転させるような政策には慎重なように見える。しかし、財政赤字は常に悪と決めつけるのは間違いである。優良な企業が将来の成長のために借金をして投資を行うように、国家も長期的な利益のために赤字を活用すべき局面がある。
たとえば、若者への教育投資を怠ることは、いくら財政が健全であっても将来世代に深刻な損失をもたらす。このように、財政赤字そのものを問題視するのではなく、その使い道と経済状況によって評価すべきだという視点が必要である。
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