関税の報復合戦が国際経済を後退させる
ドナルド・トランプ大統領の就任以降、世界情勢は目まぐるしく変化している。しかもその多くは、彼自身の言動を起点としている。「相互」関税を掲げながら、実際には米国側からの一方的な関税引き上げが宣言され、国防長官の機密漏洩疑惑、さらにはイランへの空爆やイラン、イスラエル間の停戦といった重大ニュースが、立て続けに報じられる。市民や専門家がその真偽や影響を吟味する間もなく、次々と新たな事態が押し寄せ、世界は常に「驚き」に翻弄され続けている。
これはまさに、薬師院仁志氏が『ポピュリズム』(新潮社)で述べたヨーロッパのファシズムの戦略と酷似している。有権者に政策の利点を論理的に説明するのではなく、情報の洪水で人々の思考を麻痺させ、怒りや不満を発散できる「敵」に向けて民衆を扇動する手法である。「不法移民を排除せよ」「国境に壁を」といったスローガンが典型であり、感情に訴えることで支持層を固めるポピュリストの常套手段である。
こうした政治家は、事実に反することでも躊躇なく口にする。米大統領が語る内容を見ていると、意図的な虚偽なのか、それとも本人が「都合のよい事実」を真実だと信じ込んでいるのか、判然としないほどだ。
大統領の語る政策が整合性を欠き、国民に負担を強いるものであると指摘するだけでは不十分だ。重要なのは、彼が自身の政治的目的を達成するために、事実に反する情報を意図的に広め、国民に誤った現実を信じ込ませようとしていることである。こうした「虚構の刷り込み」をどう防ぐかについて、私たちは真剣に向き合う必要がある。
さて、経済学、特に国際経済学では、関税に関する理論的な枠組みがすでに整備されている。世界が貿易によって利益を享受できるのは、各国が比較的得意な分野で財やサービスを生産し、交換できるからである。
たとえば日本の自動車産業は、長年の技術蓄積により高品質な車を生産できるため、世界からも信頼されて輸出が伸びている。こうして世界全体の生活水準が向上しているのである。
しかし、仮に米国が自国産業を保護するために輸入品に関税をかけた場合、関税分の価格上昇は米国の消費者にも跳ね返る。輸入業者が関税分を価格に転嫁するからである。その結果、消費は減り、生活コストは上がる。加えて、関税の一部は輸出国(たとえば日本)の企業も価格を下げることで負担することになり、相手国にも痛みを強いる。
相手国に価格引き下げを促すことで、「より安く」輸入品を買えるようになるという点で、需要と供給の分析からは、関税によってアメリカが国として利益を得ることが可能だ。トランプ大統領が「アメリカを救う」と強調するのは、こうした一面に根拠を置いているのだろう。
しかし、問題はここからだ。関税を一方的に引き上げた国が得をするのは、相手国が報復しない場合に限られる。現在、カナダのマーク・カーニー首相をはじめとする諸外国は、交渉よりも対抗措置をとる姿勢に傾いている。たとえば米国が自動車に高関税を課せば、カナダやEU、中国は米国の農産物に高関税で応じる、といった報復合戦が始まる。この連鎖が続けば、貿易は縮小し、世界経済に深刻な悪影響をもたらす。
1930年代の米国、ハーバート・フーヴァー政権下で施行された「スムート=ホーリー関税法」も、各国の報復を招いて貿易が萎縮し、世界大恐慌をさらに悪化したとされる。これを教訓にGATT(関税及び貿易に関する一般協定)やWTO(世界貿易機関)といった国際的な枠組みが生まれたのだが、米国は近年これらの機関を軽視しがちなうえ、WTO協定にも解釈の余地があるため違反と明確に断定することも困難な状況である。
ここから先は有料会員限定です。
登録すると今すぐ全文と関連記事が読めます。
- 広告最小化で快適な閲覧
- 雑誌『プレジデント』が最新号から読み放題
- ビジネスに役立つ学びの動画が見放題
- 会員限定オンラインイベント
検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます


