「日本人の成立の解明」の大きな効果
【星野】沖縄や北海道、いわゆる列島の南北を丁寧に見ていくことも大切だと感じました。
【篠田】本州中心だと見えにくい流れが、南北にははっきり残っているんです。沖縄のグスク時代(中世期)まで稲作が本格導入されなかったことや、北海道が弥生化せずにオホーツク文化や擦文文化を経てアイヌへとつながったことなどは、ある意味で「日本列島における別の歴史」を示唆しています。
たとえばアイヌは縄文系が7割以上とも推定されていますが、一部には北方系のDNAが混ざっている。沖縄の3割ほどの縄文系も、実は南方系との交流が重なっていて、本土とは異なる独自の混血パターンになっている。こうした多様性が日本全体の“豊かさ”とも言えるわけです。
【星野】日本人のルーツにこれほどさまざまな要素があると知ると、私たちの自己認識も変わりそうですね。
【篠田】大いに変わると思います。結局、人間は常に動いて混ざり合ってきました。今も世界各地で移民や難民など移動が続き、「排外主義」が起こる国もありますが、DNAが示すのは、「どんな国や地域にも多様な系譜が入り混じっている」という事実です。
日本列島を例に取ってみても、南北端の歴史を検証すれば、一方向的な同質集団であるはずがありません。日本人はもともとそうやって成立してきたんだ、という視点は、アイデンティティを狭く捉えがちな風潮への一つの処方箋になりうるでしょう。
クラファンを始めたワケ
【星野】先生ご自身として、まだ解明されていない部分で興味をそそられるのはどのあたりですか。
【篠田】やはり旧石器時代の人骨をはじめとする超古代のDNA解析ですね。これがまとまった数で行えるようになれば、日本列島の最初期にいた人々がどのようにアジアからやってきて、どんな経路で北と南に分岐したのか、もっとリアルに描けるはずです。さらに古墳時代~中世の骨についても、朝鮮半島や中国華北・華中の古代DNAと合わせて比較すれば、弥生以降の「第2、第3の渡来」がどこで起きたのか分かるかもしれません。
「日本人とは何か」という問いに対して、どんどん実証的に答えられるようになっていくと思います。でも分かれば分かるほど、いかに多重的かが分かる、というのがおもしろいところですね。
【星野】最後に、国立科学博物館のクラウドファンディング(以下、クラファン)について教えてください。2023年8月7日にスタートして1日で目標1億円を突破し、非常に多くの支援が集まりました。多くの方が驚かれたと思いますが、いつ、どんな理由で実施したのか、改めてお聞かせください。
【篠田】今回のクラファンは、コロナ禍や国際情勢による物価・光熱費の高騰で、国立科学博物館の標本保存や研究活動を支える運営費が大きく逼迫したことが直接のきっかけです。コロナによる入館料収入の激減、新収蔵庫建設の資材高騰、電気代の大幅な増加──これらが重なり、予算不足が深刻化しました。