2022年のノーベル生理学・医学賞はドイツの進化人類学者が受賞した。どのような功績が評価されたのか。国立科学博物館館長の篠田謙一さんは「古人骨からDNAを抽出、解析する技術を確立した。この古代DNA研究は、考古学や歴史学、言語学の分野にダーウィンの進化論と同じくらい大きなインパクトを与えている」という――。

※本稿は、篠田謙一『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』(中公新書)の一部を再編集したものです。

人類の進化のイメージ
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DNAを高速解読する「次世代シークエンサ」

スペイン語のBonanza(ボナンザ)という単語は、「豊富な鉱脈」や「繁栄」を意味する言葉です。英語では「思いがけない幸運」、「大当たり」という意味も持っています。一見なじみのないこの言葉ですが、ここ数年、古代DNA研究の活況を表す言葉として盛んに使われるようになっていることをご存じでしょうか。

その背景には、次世代シークエンサの実用化が大いに関係しています。詳しい説明は書籍の本文に譲りますが、次世代シークエンサの技術を使うと、サンプルに含まれるすべてのDNAを高速で解読することができるのです。

今世紀の初めごろまで、技術的な制約から古人骨はミトコンドリアDNA(細胞内に数多く存在します)しか分析できませんでした。しかし2006年に次世代シークエンサが実用化すると、大量の情報を持つ核のDNAの解析が可能になります。

その後、2010年にネアンデルタール人の持つすべてのDNAの解読に初めて成功するなど、古代DNA解析にもとづいた人類集団の成り立ちに関する研究が非常に活発になり、現在では世界各地の一流科学誌に毎週のように論文が掲載されています。古代DNA研究はまさに「ボナンザ」の時代を迎えているのです。

進化人類学のノーベル賞受賞は画期的

それを象徴する出来事が、ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所教授で、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の客員教授でもあるスバンテ・ペーボ博士の2022年ノーベル生理学・医学賞の受賞です。

彼は、古人骨に残るわずかなDNAの抽出と解析の技術を確立するなど、ネアンデルタール人と私たちの系統関係を解明する上で決定的な役割を果たした人物なのです。

ノーベル生理学・医学賞は、医学の応用の分野で画期的な業績を挙げた人物に与えられる例が多く、進化人類学のような基礎的な研究への授賞は大変珍しいといえるでしょう。ペーボ博士の研究がノーベル生理学・医学賞の対象となったことは、古代DNA研究が重要な学問分野として国際的に認められたということを示しています。