日本の研究力が下がっている。約20年前まで、日本は「影響力が大きい論文数」で世界4位だったが、今や10位に落ちた。ジャーナリストの知野恵子さんは「研究力を上げようとする政府主導の取り組みが、逆に日本の研究力の低下を招いている」という――。
顕微鏡を使用する研究者
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天才大学生はなぜ研究者を諦めたのか

9月15日にプレジデントオンラインが公開した「全国初の『17歳の大学生』になったが…早熟だった『物理の天才』が、いまトレーラー運転手として働くワケ」は、多数のアクセスと共感を呼んだ。千葉大学に飛び入学した1期生・佐藤和俊さんの半生を追った記事で、読売新聞の連載企画を『人生はそれでも続く』(新潮新書)というタイトルで書籍化し、その中から佐藤さんのエピソードが配信された。

飛び入学は、千葉大が「日本の受験制度に風穴をあけたい」と1998年から始めた。高校3年を経ずに大学入試を受けられる制度で、研究者としての将来を嘱望された佐藤さんは、大学院に進学後、研究機関に就職した。

だが、手取りは15万円。生活は苦しい。その後、母校・千葉大の非常勤講師となり、予備校講師もかけもちする。1年ごとに契約を更新する千葉大からは、30歳を超えてから契約を打ち切られた。

そこで、佐藤さんは研究者の仕事に見切りをつける。運送会社に転職し、大型トレーラーの運転手になった。今も物理が好きで、知人の子供の家庭教師をしているという。

不安定な仕事、落ち着いて研究できない環境。佐藤さんだけでなく、科学研究の現場のあちらこちらで耳にする問題だ。

国の政策で研究力が落ちている皮肉な事実

「自然科学(理系)分野の学生の割合を現在の35%から、5割程度を目指す」――政府の「教育未来創造会議」(議長・岸田首相)が5月にまとめた第一次提言は、こんな目標を掲げた。現在7%しかいない理工系女性を男子学生と同等の28%程度に高めていくことも打ち出した。

この方針を受けて、文部科学省は来年度予算に、理工系学部拡充のための基金創設などで100億円を要求した。

理工系に力を入れること自体は間違っていない。デジタル化、脱炭素化など、経済や社会は、理工系の知識を必要とする時代へと移っている。

女性を増やすことも同じだ。理工系といえば男性、という先入観が、女性の進路選択を狭めてきた。そのため、女性の視点や意見が、製品開発やモノづくりになかなか反映されずにいた。いつまでもそれでいいはずがない。4月には女子大初の工学部が奈良女子大に誕生。2024年にはお茶の水女子大も工学部を発足させる予定で、理工系拡充は続きそうだ。

政府がこうした動きを進めるのは、理工系の研究成果をもとに、産業や経済を活性化させようとしているためだ。だが、狙い通りにいくかどうか、危うさと不安も伴う。

ここ4半世紀にわたって政府は、この政策を掲げて科学技術を推進したが、逆に研究力の低下を招いた、という苦い体験があるためだ。