「特許を出すようさかんに言われたのに…」
大学研究者の成果は論文や学会発表で評価されていた。だが、2000年代に入ると、特許も重視される。経産省は2001年に「特許取得件数を10年間で15倍にする」数値目標を掲げ、文科省も大学の出願ランキングを公表した。
当初は、特許を取得するだけで研究者は評価された。出願や維持にお金がかかることは、あまり念頭に置かれていなかった。だが特許は利用されないと、お金を生み出さない。
ある地方国立大の研究者は戸惑った体験を持つ。「大学から特許を出すようにとさかんに言われていたのに、今度はできるだけ出すなと言われた」
文科省の調査によると、特許収入では、東大、京大、大阪大、九州大、東北大など、旧帝大系が圧倒的な強さを見せる。それでも、大学が保有する特許が使われたのは、東大と京大が36%で、それ以外は10%台にとどまる。企業の49%に比べると差が大きい。
産学連携による共同研究で、企業側がひいてしまうケースもある。ある企業幹部は、「大学はわれわれよりも短期視点で考え、すぐにお金のことを口にする」と言う。世事に疎く、企業との付き合いが苦手な研究者もいる。研究者個人との契約で生じた面もあり、最近では組織対組織で契約を結ぶところが増えている。
「大学を下請けのように見ている」日本企業の体質
こうした改革の結果、じっくりと腰を落ち着けた研究がしにくくなったことや、ノーベル賞受賞者がこれまでのようには出なくなる懸念などが、研究者から何度も指摘されている。だが、政府は顧みない。
科学技術政策を検討する政府の有識者会議のメンバーの1人はこう言い切る。「ノーベル賞受賞者を増やすことや、スター研究者を育てることに興味はない。経済や安全保障に役立つ研究を促進するのがわれわれの目的だ」
研究がうまくいったとしても、新たな難関が待ち受ける。それは日本企業の体質だ。
旧帝大系国立大学のある研究者は嘆く。彼の研究成果が新聞やネットで報じられると、すぐに電話やメールで接触してくるのは米国、韓国などの企業。日本企業は1カ月後ぐらいだという。
「担当者だけで判断できず、社内の根回しや会議に時間を費やしているのだろう」と彼は言う。スピード感の欠如が、日本の知的成果の海外流出を招きかねない状況だという。
そして「日本企業は大学を下請けのように見ている」と指摘する。米国企業などは、「あなたのこの成果を使って、どういうことができるか教えてほしい」と、研究者のプライドをくすぐりながら、話を持ち掛けてくる。一方、日本企業は「こういう製品を作りたいので役立つものを出してほしい」と、上から目線の発言が目立つという。